クッキング!
※ちょっと意味不明
「これ、佐藤君が作ったの?」
「…つまみ食いするな」
「いたっ!」
相馬が入って間もない頃、客に出す料理をつまみ食いされた。多分、これが初めて相馬が俺の料理を食べた瞬間だろう。内心、緊張していたがごまかす為に手近にあったフライパンで相馬の頭を叩く。
すると、ゴンッ!と綺麗な音が響き、相馬は机へ突っ伏した。何度も後頭部をさすっているので想像より痛いのだろう。
「ひっ、どいな~…痛いよ、佐藤君」
「つまみ食いをするお前が悪い」
「それはそうだけどさぁ」
もうちょっと加減して欲しいよ、と言ってくる。声のトーンと読めない表情では、相馬が何を思っているのか分からない。…別に分かる必要はないか。
止めていた手を動かし、ジュッとフライパンを動かしながら箸で材料を炒める。淡々と行う作業。
そんな俺の作業を見ている相馬。
「佐藤君ってさぁ」
「…何だ」
「料理しながら何か考えてる?」
「……?」
料理しながら、何か考えてる?
こいつは何を言っているのだろうか。思わず前髪で隠れていない目で相馬を見る。
俺の視線を受けると、相馬は視線だけで心を読んだようだ。いつもと変わらず、にこにことした笑みを浮かべ「やっぱり」と呟いた後に言った。
「佐藤君の料理って、味がないね」
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「轟」
店の閉店時間になり、スタッフルームに行けば着替え終わった轟が椅子に座ってお茶を飲んでいた。そんな轟の前に立てば、ぽんやりした顔で見上げてくる。
「佐藤君…?どうしたの、変な顔をして…」
「……変な顔?」
「えぇ、変な顔よ」
何か悩みでもあるの?と首を傾げる轟。
俺は直ぐに答える事が出来ず、少し眉を寄せた。どうしたものか、と思いつつ本題に入れば良いと思い、手にしていた皿を轟の前に置く。
「…これは?」
「グラタンだ」
「それは分かるけど…どうしてグラタン?お客様に作った物、ではないわよね?」
「……………取り敢えず食べてみてくれ」
暗に、これ以上は何も聞かないでくれと言うように轟へスプーンを押し付ける。
轟はぱちくりと瞬きをした後、事情は分からないもののスプーンを受け取ってくれた。そして、おずおずとしながらもグラタンを一口分掬い口へと運んだ。
「……どうだ?」
「…美味しいわよ?」
「味はあるか?」
「味?え、えぇ…十分あると思うけど…」
「………はああ」
「さ、佐藤君?」
轟の言葉を聞いて、思わず溜め息を吐きながら向かいの椅子へ腰を下ろした。
何が何だか分からない轟は驚いている。確かに、付き合わせたのに何も分からないまま、というのは申し訳ない。
溜め息を吐いた事により落ち着いたので、俺は顔を上げて轟を見た。
「……相馬に変な事を言われたんだ」
「相馬君に?」
「あぁ。俺の料理は味がないって言われた」
吸っても良いか?と確認を取り煙草を吸う。だけど自分で言っておきながら、相馬の言葉を思い出し少し苛つきキシリとフィルターの部分を噛み締めた。
一方、轟は俺の言葉…というよりも相馬の言葉を聞き不思議そうな顔をする。
「味がないって、相馬君が?」
「あぁ…」
「ふふっ、相馬君らしいわね」
「?」
口元に手を当て微笑む轟。どうして今の段階で笑われたのか。訳が分からず、煙草の端を灰皿へと当て灰を落としながら首を傾げる。
「相馬君みたいな人なら、味がないって言いそう」
「どういう意味だ?」
「だって、相馬君って、」
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翌日、定時になると相馬が欠伸をしながらキッチンへ入って来た。そんな相馬に「おはよう」と言われ、「おう」とだけ返す。すると、俺が定時よりも早くキッチンに居る事に驚いたのか、パチクリと目を見開く相馬が横目に見えた。
気にせずフライパンで昨日相馬につまみ食いされたメニューを作り続ける。その間、相馬はととっと俺の真横に立った。
「佐藤君、今日は早いね。どうしたの?」
「………」
「あれ、無視?」
ちょっと悲しいかも、と笑いながら言う相馬。そんな相馬の前に、俺は今しがた作り終えた料理を皿の上に載せて突き出した。勿論、相馬はぱちくりと驚いたように瞬きをする。…昨日の轟みたいだ。
「えっと、佐藤君…これは?」
「…食ってみろ」
「うーん、何がなんだか…」
「良いから」
ほらっ、と強引にフォークを押し付ければ相馬は反射的に受け取る。
受け取ると、俺と皿を交互に見比べた後、訳が分からないとでも言いそうな顔で、料理をフォークで口へと運んだ。
ぱくり、と相馬の咥内へ運ばれる料理。相馬はというと、口に運んだ瞬間、目を見開いた。
「----------」
「味、あるか?」
「う、うん。これ…昨日と同じ料理だよね?」
「見れば分かるだろ」
材料も手順も全く同じ料理。
なのに昨日のは味が無いと言い、今日のは味があると言う相馬。
(…轟の言った通りだな)
-相馬君って、人の感情に敏感な人みたいだから
-その他大勢の為に作っている佐藤君の料理を、味が無いって思ったんでしょうね
「…面倒な奴」
「え、何が?」
「昼も作ってやるよ、お前の為に」
「佐藤君…?」
ポカンとしている相馬を気にせず、今日の下拵えを始めた。同時に相馬の為に作るランチメニューを考えながら。
(あー…面倒だな)
面倒、確かに面倒だ
だけど、その他大勢の為でなく、誰か一人の為に作る料理も悪くはない
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一方、忙しない動きをしている佐藤の背中を眺めていた相馬は、カリッとフォークで皿を少し掻いた。
「…それ、反則でしょ」
だって、これからは佐藤が相馬の為だけに作った料理を食べられるのだ。1日に3食ある内の1食が、佐藤が…一目惚れした人間が作る料理になるのだ。しかも、きちんと思いを込めて。
「これだから…佐藤君が好きなんだよなぁ」
相馬は零すように呟きながら、残った料理を口へと運んだ。
口の中で広がるのは、佐藤らしい優しくて安心する味。
(次のステップは、これを作った君が俺の何を思って作っているのか知る事…かな?)