家鴨
自分のことより他人のことを気遣う人。
笑顔以外にも、困った顔や悲しんでいる顔はよく見たけれど、あの人が自分本位で怒ったところなんて、見たことが無かった。
そんなあの人が好きだった。
そんなあの人に惹かれていた。
私は、貴方からの優しさをこぼすことなく、受け止め飲み干し糧とする。
まるで、飼い慣らされた家鴨<あひる>のよう。
餌付けされている"家鴨"。
台湾家鴨とかいうのもいるし、この形容は私にお似合いだと思う。
あの人が笑いかけてくれればとても幸せだったし、他には何も要らないとさえ思った。
国である以上そんな事は口が裂けても言えないけれど、
それ程までにあの人の笑顔に、優しさに、依存していたのだ。
だから、目の前にいるこの人が誰なのか分からなかった。
何分何時間何日何年かけても、分かりそうになかった。
分かりたくなかった。
頬がヒリヒリする。
結構強く叩かれたようだ。
叩かれた拍子にあの人から貰った花飾りが落ちてしまった。
ここは外だし雨が降っているし、汚れるから早く拾わなきゃと思ったのだけど、体が動かない。
…どうして叩かれたんだっけ。
ああ「なんでみんなが苦しむような事をするの」って聞いたからかな。
お前に何が分かるんだって言われちゃったよ。
鼻を、血のすえた臭いが掠める。
改めてこの人を見ると、顔や服や刀、至る所が血だらけで血まみれだった。
私の髪に花飾りをつけてくれた優しいあの手と、血が染み込んだその手は同じなんだろうか。
去っていく貴方を後目に、そんなことをぼんやりと考えていた。
(いたい)
打ちつけてくる雨が痛いのか、貴方に叩かれた頬が痛いのか、私の心が痛いのか、なんてそんなことはどうでも良かった。
(いたい)
(いたい)
心は貴方に繋がれたまま。
私は、あの人の傍に居たいだけ
それだけ、
ああ、
家鴨のままでいたかったのにな。
あの人のぬくもりは遥か彼方。