春の夜の夢
幾星霜を重ねた魂が掴んだ、
幸甚の刻<とき>
春の夜の夢
これほどまでに優しい笑みを湛えた貴方を
「人斬り抜刀斎!覚悟ッ!!」
人斬りだなんて、誰が思うのでしょう。
(霜が降る中、それが貴方との出逢いでした)
あれから色々あって、同じ屋根の下に住まうことになった貴方と私。
私の隣りを歩く貴方は、いつも笑っていたけれど、その微笑みはどこか線を引いてるもので。
いつ消えても構わないように、深い関わりを持たないようにしているような笑みで。
その やさしい、やさしい笑顔の下には、深い悲しみが感じられて。
そして、一緒に歩いてはいるけれど、彼は違うところにいるようで。
それはとても淋しいことだと思ったけれど、貴方の奥深くあるものに触れる勇気がなかった私は、気付かない振りをしていた。
それでも、
いつか、この人の心からの笑顔が見たい。
我が儘にもそう思っていました。
貴方の力になれるのなら、私は貴方の一番でなくったっていい。
貴方が、人の為に生きる道を歩むというのなら、私は、貴方の為に生きる道を選びます。
生きて、貴方の苦しみを分かち合いたいのです。
(そして、この体を蝕んでいくは貴方と同じ病)
―明治二十六年、春。
朧気な意識の中、風鈴の音が聞こえてきた。
彼の人が大陸へ渡ってから、そのままにしてある風鈴、の音。
ふと、視界の隅に比古さんに貰った湯呑みが映る。湯呑みに描<えが>かれた桜の絵に、かつてあの人と一緒に歩いた並木道が重なって見えた。
そして、何故だか、何故だか分からないけれど、その向こうに、貴方の姿があるような気がして。
なんの根拠もないけれど、あの桜並木へ、舞い散る桜の中へ、駆けてゆく。
それはまるで夢の直路。
だって、宿世の糸を引き寄せたかの如く、この先に貴方がいると信じて疑わないのだから。
可笑しな話よね。
だけど―――
夢でもない幻でもない
櫻花散る中には、やすらかな笑みを湛えた貴方。
ああ
ずっとずっと
ずっと
恋い焦がれていました。
おかえりなさい。
心太―――
(貴方と見た櫻は、夢よりも、幻よりも、何よりも、美しかった。)