シャワー
目の前には、お風呂場の扉。
その中からはざぁざぁ、とシャワーの流れる音がする。
まぁ、つまるところ、使用中である。
この中には、フランスがいる。
イギリスが迷っているのは、この中に入るか、入らないか、ただそれだけであった。
昨日の夜は久しぶりに休みが重なったとあって、二人とも、休日を謳歌した。
まぁ、その、そういう意味ででも。
久しぶりでお互い歯止めが利かなかったこともあり、かなり夜遅くまで起きていたのではないかと思う。
寝ようと思って寝たわけではないので、時間間隔は全くないのだが。
イギリスが起きてみると、やはり自分の恋人は後処理をしっかりしてくれていて。
ただ、いつもと違うのは隣にその姿がないことであった。
恋人、という位置に自分を置いてくれるようになってから何年もの年月を経てきているため、
放置されて何処かに行ってしまった、という考えが瞬間でも全く浮かばなかった自分に思い至り赤面してしまったりもしていたが
その居場所は、僅かにする水音で明確であった。
今日居る場所は、いつもの邸宅ではなく、簡素なフラット。
この狭い空間で、わからないはずもなかった。
お風呂、だ。
ざぁ、と水音がする。
この中で、昨日薄ら明かりの中で見たフランスの肢体がある、と思いイギリスは自分の思考を必死に止めた。
なんで思いだして赤くなってんだ俺!
いや違う今お風呂に来たのだって単に後処理をしてくれたからと言ったってやっぱり綺麗にしたいわけであって
それにちょっと身体も冷えてしまったから暖めたいのであって
フランスが入っているからとかそんなのではなくて
むしろフランスが自分のお風呂に入りたいタイミングに入っているのが悪いのであって
悶々、とただ頭の中で言い訳を繰り返しても、事実は一つ、だ。
自分は昨日の行為の所為でまだ、全裸であり(いやシーツはさすがに羽織っているが)
目の前には、お風呂。
選択肢は二つ、入るか、入らないか。
はっきり言うと、入りたい。
それは、本当に身体を綺麗にしたい、という意味と
まだ肌寒い時間に起きてしまって少し冷えてしまった身体を温めたい、という意味と
もうひとつ。
自分の胸の中で形にならない何かもやもや、としたもののために。
これが何かは、良くわからないけど。
けれども、それを実行に移すにはイギリスには羞恥心が強すぎた。
どうしようか、
この扉が、とても大きな壁のように思えてきた、
その時。
風呂場のドアが突然開き、むわっとした熱気とともに伸びてきた手がぐいと体を引っ張る。
「っあ……!」
まだひやりとした体を、後ろから抱き込まれるようにしてぴたりと湿った肌が合わさった。
「アーサー」
「……っフ、フランシス……」
「俺と一緒に入ってくれるの?」
お前、扉の前に立ったまま動かないしどうしたのかと思っちゃった、なんてふふ、と笑うフランスに
ぴたり、と身体をつけられて、フランスの少し高めの体温が自分の身体に染み込んでくる。
元から自分よりやや高めの体温と、それと、お湯で温められた、なじむような温度。
それと同時に、イギリスの胸に灯ったのは、驚くほどの充足感だった。
あぁ、そうか。
さっきのもやもやは、きっと。
俺はこうしたかっただけなんだ。
「イギリス?」
不思議そうに聞いてくるフランスの胸に、赤くなった顔が見えないように顔をぐりぐり、と押し付けた。
「こっち見んな…ばかぁ」
ただ、くっつきたかっただけなんて言えるはずもない。
きっと、自分はまだ寝ぼけていて、だからこんなことを考えてしまっただけだ。
それだけだから。
「もうちょっとだけ…」
ぎゅ、と腕の力を強めたのは、フランスにはばれただろうか。
緩やかに降り注ぐお湯が気持よくて、なんだか何もかもどうでも良くなってくる。
ふふ、とフランスが、頭上で笑う声が、した気がした。