えがお(ライナ+シオン)
「なあなあシオン~」
「………」
「お願いがあるんだけど」
いつだって言葉を発すればなにがしかの反応を見せてくれるシオンは書類から目を離そうとしない。仕事中毒でついに聴覚まで失った訳ではなく、ただ単にライナの返事に応えたくないのだろう。否、いじめっこ王のシオンからすればライナの言葉は全部からかいの種になってしまうのだから普段であれば応えたくないなどと言うことは無い。それでも今、返答どころか反応もしないというのは余程重要な案件について考えているか、もしくは反応する時間さえ惜しいのだろう。アホみたいな仕事の山をアホみたいな速度で処理していく仕事中毒患者でも、どうしようもないくらいの。
だから、そんな彼を見てライナは………。
「なあなあシオン~」
「………」
「シオン・アホターレ~」
「………」
「英雄王シオン・アホターレ様にお願いがあるんですけど」
知ったこっちゃなかった。
普段いじめられているのだ。このくらいの仕返しなどむしろ可愛気のあるものだとライナは思う。そして、いや、そうだこんな仕返しでは生ぬるいのだから、もっと過激な仕返しをするべきではないか?と自問する。例えばシオンのベッドの枕を自分のものと取り換えるとか、例えばシオンとしこたま殴り倒して仮眠させるとか…と、段々物騒な方へ思考が流れた所で。ようやく、シオンが口を開いた。
「…なに?」
「お、もう無言タイムやめたの」
「おこちゃまのライナくんが構って構って~って言うからね」
「言ってねえし!?」
「あはは、あれ?パパが遊んでくれないとライナ泣いちゃう~だっけ?」
「捏造すんじゃねええええ!!」
「はあ、まあどうでもいいから早く用件」
どうやらほんとに限界のようだ。
いつだって笑っている口元は珍しく笑みとは逆の方向に弧を描いている。滅多に、ライナ達にさえ見せないその表情にちょっと目を見開いて、けれど次の瞬間にはどうでもよくなった。
「ああ、そうお願いがあるんだけどさ」
「何」
「俺、実は1日に365時間寝ないと死んじゃう奇病なんだ…」
「………」
「だから、俺もう仕事できないよ…昼寝に行かせてくれっ」
「………」
にっこり。
言葉よりも雄弁に、シオンは微笑む。
それはもう、見事な微笑みで、何も知らない人間は天使かと思う最上の微笑みで。
「そうか、わかったよライナ」
「まじでっ?」
「1日365時間仕事させればお前は助かるんだな?」
「ちっげえええええええええええええ」
「じゃあ僕は親友を助けるために更に書類を…」
「やめてええええ!!」
悪魔、いや魔王の仕打ちに打ちのめされたライナが俯き頭を抱えると、やっぱりいつもより疲れた様子のシオンがそれでも笑う。微笑むのではなく、笑みを向ける。
「でもほんと、冗談言ってる暇はないからこの続きは後でね、ライナ」
「続かなくて良い!」
「またまた~」
「いらないっつの!」
「あはは、ライナが面白すぎて疲れも吹き飛びそうだ」
笑むを向けて、そんな馬鹿なことを言う。実際シオンは疲れた顔をしているものの、先程よりは幾分明るい顔色で。
ああ、もう。とライナは思う。
ああ、もう。何もかもがめんどくさい。
「…めんどくさくなってきたから、寝る」
「今夜は寝かさないよ、ライナ」
「い、いやっ襲われちゃう!?じゃなくてほんとに眠いんだよもう限界なんだよ…!今なら俺、一瞬で寝れる自信があるね」
「いつもだろそれ。でもまあ、その書類が終わったら寝ても良いよ」
「いつおわんの?」
「ライナが解決法を見つけて書類に書くまで」
期待をもって、希望を見つけようとする。けれど救世主になるはずの書類は、それはもうとてもとても面倒そうで。少なくとも解決方法を見つけるのに半日、解決方法を会議にかけて1日。どう考えても。
「………ぜってえええええ、今日中におわんねえ!」
「あはは。まあそれは冗談として、寝ても良いよライナ」
「…え」
今、目の前の男は何といった?ネテモイイヨライナ?何処の国の言葉だ?何処の国の人間でお前は誰だ?
「そ、その優しい言葉…お前シオンじゃないな!」
「いやまあ仕事したいなら」
「やっぱりシオンだな!うん、じゃあ寝てくる!」
何がどうなってそうなったのかは全く分からないが、どうやらシオンは珍しくライナを返す気になったらしいと、ライナは前言を翻されないうちに急いでその言葉に応える。その言葉にも、シオンは明るく笑む。
「はいはい、2時間後に逢おう」
「って、それ睡眠じゃないし!ふざけんな!」
「そうなの?」
「そうなの!普通の人は最低でも8時間寝るの!俺は12時間寝るの!」
「そうなの?ってもう面倒くさいなこのやり取り…まあいいや、もう面倒くさいから明日また来てよライナ」
「最低!己の都合で時間を決めるなんて最低だわ!」
「…フェリスのまね?」
「うんそう。でも心やさしいライナ様は罵倒なんてせずに帰るね、で、5年くらい帰ってこないね」
「うんじゃあ、また明日」
「いや10年後」
「また明日」
にこにことライナの言葉をはねのけて笑う。悪魔め、魔王めとライナは恨みがましそうにシオンを見て、一瞬シオンの笑みが微笑みになったのを見てしまって。ああ、もう。と、思ってしまう。
「また、明日な」
「うん」
ただの挨拶。
珍しく、ライナが折れた後、明日の約束をしただけの。
それなのに、馬鹿みたいにシオンが笑うから。
作ったような微笑みじゃなくて、意地悪な笑みでも無くて。ほんとうに嬉しそうに笑うから。
ああ、もう。
ああ、もう、どうしようもない。
作品名:えがお(ライナ+シオン) 作家名:春雨