ラストゲーム 2
臨也は遠くから近づいてくる足音に耳を澄ませた。臨也がだらりとかぶさるようにしている机の持ち主の足音。
屋上から降りてから発作は起きていない。
ふと窓の外に紅い眸を向けると、津軽が鎌を持ってふわりと浮いていた。死神は対象者の監視もするのだろうかと、暑さで鈍る頭で考えた。
「おいっ、テメェ人の机占領してんじゃねえよ」
臨也は窓から教室の入り口に視線を移す。金色の髪が、夕陽にきらきらと輝いている。
静雄の怒鳴り声など聞こえなかったように、臨也は艶然と微笑んだ。
「シズちゃん、ドア壊さないでよ?また反省文書く羽目になるよ」
「うっせぇよ。どけノミ蟲、殺すぞ」
今までならばただの軽口でしかなかった「死」が、今の臨也には重い。
いっそ殺されてしまえば、目の前の男は自分をずっと覚えているだろうかと思考をめぐらせる。
暴力としか言いようの無いあの怪力でならば、臨也の首など容易く折ることが出来るだろう。
罪悪感を抱くだろうか、悲しむだろうか――泣いて、くれるだろうか。
「シズちゃんのその暴力ってさぁ、結局は弱さだよね。コントロールできない力なんて強さにはならない。ましてや何か傷つけるたび、誰か傷つけるたび自分のほうが被害者だとでも言いたげな傷ついた顔なんてしてさ――虫唾が走る」
臨也の煽られた静雄は、臨也のシャツごと体を持ち上げ、締め上げてきた。
「ゲホッ…人が怒るのって、図星の時…なんだよ?」
締め上げる力が強くなり、臨也は呼吸が出来なくなっていくのを感じていた。射殺すような強い眸を、真っ直ぐに見詰める。
抵抗せず、ただそっと締め上げている手に自分のそれを重ねた。おそらく反撃を予想していただろう静雄が、ただ添えられただけの手に戸惑っているのが分かる。
静雄の肌はあたたかく、臨也は夏にもかかわらず冷え切った指先を少しだけ悲しく思った。
ぬくもりを共有することすらできないことに。
「このまま、締め上げたら…俺は死ぬよ…?ッゴホ・・・そうしたら、シズちゃんは幸せ?それとも、罪悪感で気が狂ったりするのかなぁ」
――狂ってしまえばいいのに。
臨也は目を見開いてこちらを凝視してくる静雄の動転に唇をゆがめると、手を重ねていないほうの手で思い切り自分の側に静
雄を引っ張った。
予想外の動きに静雄が体を離すタイミングが遅れたのを見逃さず、唇を重ねる。
後ろ頭固定して逃げられないようにして、呆然としている静雄の舌を絡めとり、歯列をなぞった。ぴちゃりといやらしい音が静まった教室に響く。
臨也が存分に口腔を味わっていると、舌に鋭い痛みを感じて唇を離した。
「いった…酷いなぁ、噛むなんて」
血のにじむ舌で、ぺろりと唇を舐める。
「な…気が狂ってんのはてめぇのほうだ、なに考えて…」
「シズちゃんってキスが下手なんだね。もしかしてファーストキスだった?」
耳まで赤くなった静雄に、臨也は満足げに眸を細めた。
「ごちそうさま。また明日ね、シズちゃん」
意味をなさない罵声を背に、臨也は痛み始めた胸に気づかれないよう教室を後にした。
――残された時間は少ない。