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YourSong

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YourSong



 たのしいたのしい誕生日。
 今年もまたその日が巡ってきて、そして終わろうとしている。一日で読み切れないほどの祝電、お祝いメールに手紙、プレゼントが数部屋を占領する。アメリカに一声、お祝いを述べたいという国民や外国の大使がずらりと行列を作る。どこを見渡しても、笑った顔の途絶えない、一年で一番を争う陽気な日である。
 夕方からは、ホワイトハウスで上司主催のパーティに参加するのが、毎年慣例になっている。華やかで、めまぐるしい、ふわふわと浮かれたその一日が愉快な嵐のように過ぎて、日付が変わろうとしているのにまだ、どこもかしこも熱気が冷めやらない。
 いつもなら、その輪の中心で今まさに、みんなと大笑いをしているはずのアメリカだったが、デジタル表示の腕時計が24時に近づくにつれ、そそわと落ち着かなくなっていた。

 ――ロシアからの連絡が、まだ、ない。
毎年クレムリンからの祝電とプレゼントは来ていた。だが、今年はもう一つ、ロシア個人からプレゼントなり、祝電なり、電話なり、最悪一行のメールなり、来てもいいことになっている。特に念押ししたわけではないが、アメリカはそう思っている。そういう「個人的な」関係を結んで、初めての誕生日なのだ。イベント好きのアメリカが、どんなに楽しみにしているか、ロシアが気付いていない訳がない。
「どういうつもりだよ……まさか時差があるのを忘れてるとかな、ははは」
そんなわけはなかった。モスクワの方が先に夜を越えている。故意か、故意なのか。
 アメリカは携帯を握りしめ、そろりと人少ない廊下に出た。外もまだお祭り騒ぎが続いていて、どこかの音楽隊の奏でる勇壮なマーチが遠く聞こえてくる。
 日付が変わるまで、あと15分になった。廊下をアテなく歩きながら、アメリカは空っぽになった上司の執務室に入り込んだ。黒革の重厚な椅子に座り込み、鳴らない携帯電話の画面を真っ暗な部屋の中でじっと見つめる。
 残り10分。
「早くしないと、誕生日が終わっちゃうじゃないか……」
 我ながら情けなくなる、頼りない声が漏れる。あっちは今何時になるんだっけ、と幾分アルコールの回った頭でぼんやり考えた。旧グリニッジ天文台を挟んで、モスクワはプラス3時間、ワシントンはマイナス5時間。足して7時間だが、今はサマータイムがあるから――。
 残り6分。
 音もなく、手中の小さな精密機械の画面に光が灯る。電子音が「星条旗よ永遠なれ」のリミックスを奏で出す前に、アメリカは通話のボタンを押した。
「ロシア! 遅いじゃないか待ちくたびれたんだぞ!」
「……驚いた、まだ1コールもしてないのに。パーティの最中じゃなかったの」
「君の連絡を待って、抜け出したんだよ」
「何それ、主役がそんなことでいいの」
「だって、君がプレゼントもメッセージも、何にも送ってこないし」
「上司から送ってるでしょ」
「俺は君から欲しいんだよ」
返事はない。携帯の小さなスピーカーでは、遠くモスクワのロシアの気配は、微塵も伝わってこない。アメリカは固唾を飲んでロシアの言葉を待った。
「……バカだね」
 やがて嘆息しながら、ロシアが呟くのが聞こえた。
「うん、俺バカだろう? でも君はちゃんとこうして、電話くれたじゃないか。嬉しいよ」
「……そう、じゃあこれで用は済んだから切るよ」
そっけないロシアを、アメリカは慌てて引き留める。
「待てよ、切るなよ。まだ君からおめでとうって言って貰ってないし、プレゼントも貰ってないんだぞ」
「ロシアにそんなサービスあると思う? 電話してあげただけでも、奇跡だと思ってよ」
 躊躇いがちなロシアの、電子化された声が震えるように響く。
「一度奇跡が起きたのなら、もう一度くらい奇跡を起こしたっていいだろ、なあ、ロシア。俺、本当に嬉しいんだって」
電話にすがりつくようにして、アメリカは訴えた。
 暫くロシアはだんまりを決め込んでいたが、息を詰めて待ちかまえていたアメリカの耳を、ふと不本意そうな溜息が擽った。
「……、」
 耳の中に飛び込んできたのは、さっき鳴りそびれたアメリカの携帯の着信音と同じメロディ、「星条旗よ永遠なれ」だった。若干淡々とし過ぎているきらいはあったが、やわらかいテノールが、ゆったりと、歌詞をメロディに乗せる。
 手が震えそうになるのを、アメリカはぎゅっと携帯を握りしめて堪えた。

 ところどころロシア風に訛った英語が、1番の最後のフレーズを歌い終わっても、アメリカはすぐに声を出すことができなかった。
「……アメリカ君?」
こちらの様子を伺うようなロシアの声に、漸くアメリカは自分を取り戻す。それでもうまく言葉を選べず、アメリカがぐずぐずしている間に、ロシアを
「嫌だったかな?」
と沈み込ませてしまった。
「違うよ! 嬉しくてさ、もう、何て言ったらいいか解んないんだ!」
 椅子の上でアメリカは一人身悶えた。もし目の前にロシアが居たら、飛び付いて滅茶苦茶にキスしまくってやったのに、と残念に思う。さぞや嫌な顔をするだろうなと、一人でくすくす笑いそうになる。
「君、意外と歌上手いんだなあ。今度会ったら、もう一回歌ってくれよ」
「お断りだよ。だいたい、意外とって失礼な。誰もが君みたいな、壊滅的音痴だと思わないでよ」
一転うんざりしたようなロシアの声に、アメリカは大袈裟に肩を竦めた。
「酷いのはそっちもじゃないか! 結構気にしてるのにさ!」
「へえ、気にしてたんだ。だったらもう人前で歌うの、止めなよね。特に僕の前で止めてくれると嬉しいなあ」
「ははっ! やーなこった。それにしてもさ、わざわざ覚えてくれたのかい、さっきの」
そう尋ねると、ロシアは一瞬言葉を詰まらせた。そして言い訳するように、ぐちぐちと言い募る。
「まさか、そんなわけないでしょ。オリンピックだの何だので聞かされてるうちに、勝手に覚えちゃっただけ。いい迷惑なんだよ」
「そっかそっか。それでも、ほんとに嬉しいんだぞ。――有り難う、ロシア」
語調を改め、少し迷ったが、最後にI love youとリップ音を付け足す。電話の向こうでは、どうしてそう言うこというかなと、ロシアの照れ隠しのようなぼやきが、小さく聞こえてきた。
「まあいいや。兎に角おめでとう。僕、そろそろ出勤するから、今度こそ切るよ」
「ああ、今すぐ君に会えないのが辛くて仕方ないよ」
はいはい、とお座なりな返事と共に、電話はぶつりと途切れた。
 時計は、24時を7分超過していた。

 余程強く携帯電話を押さえ付けていたのか、電話を離した途端にずきずきと耳が痛んだことに、アメリカは苦笑した。どれだけ嬉しがってるのだかと思うが、暗闇の中でそこだけ光って浮き上がる、携帯画面の着信履歴「ロシア」の文字さえ嬉しいのだから、どうしようもない。
「次は生で聞かせてくれよな」
 携帯の表面を撫で回しながら、そっと囁く。それまでは、携帯の録音機能でこっそり録った音声データで我慢することにする。これはばれたら、消すまで追っかけられてフルボッコだろうなあ、それも楽しそうで良いかも、とニヤつきながら、アメリカは早速、着信音をロシアの歌声に変更したのだった。
作品名:YourSong 作家名:東一口