静帝で時かけパロ2
「おい?おまえ、ホントどうした?」
呆然と静雄を見上げたまま固まってしまった帝人に、静雄が手を伸ばしてきた。帝人はその感触にひどく動揺して思わずびくりと大きく身体を震わせてしまった。途端に静雄の表情が歪む。
(あ、怒らせた……?)
帝人は静雄の表情に不快とも、苦しいとも呼べるような感情を見つけてしまった。静雄はきっと帝人が親切心から伸ばされた手を拒絶したと思ったのだろう。違うんだと言いたいのにうまく声が出ない。
帝人は今まで一度も静雄と接触を持ったことがなかった。彼は帝人にとってただ遠くから見ているだけの存在だった。だからこそ静雄に触れられたという事実に帝人は動揺を隠せず、思わずその体が勝手に反応してしまった。むしろ帝人は彼の姿を見て安心感すら覚えたというのに。
「ほら、静雄が脅かすからだろ……君、どこか具合悪いの。顔色も悪いみたいだ。貧血でも起こしたかな?」
静雄の後ろからうずくまる帝人を覗き込んで来たのは新羅だった。見知った二人の姿に、帝人の目からまたぶわりと涙があふれてくる。突然、右も左も分からない場所に放り出されて、誰にも、何にも、縋るものは無いと思っていた。けれど、もしかしたら彼らなら帝人の話を信じて助けてくれるかもしれないと微かに希望が見出せる。落ちた携帯の画面は、丁度アドレス帳の『セルティ』という名前が表示されていたから。
「あ、あの、し……」
しゃくりあげる喉を抑えて、静雄さんと、彼の名前を呼ぼうと声をだしてみて帝人ははたと考え直した。静雄も新羅も帝人のことを知っているとは思えない。そんな帝人から突然、名前で呼びかけられたら静雄はどんな風に思うだろう。ただでさえ帝人自身、現在の自分の状況をうまく説明できる言葉を持たない。
「君、来良生?1年生かな?」
そう尋ねてきたのは新羅だ。答えに逡巡しながらも、帝人は不思議な感覚を味わった。静雄も新羅も自分と同じ制服を着ているのだ。彼らは記憶の中の彼らの姿よりも確かに幼く見えた。それでもやはり自分よりも少しだけ大人びて見える。
「ともかく、君、良かったら外に出て休まない?静雄、こいつもその電話使いたいみたいだから……そこのロッテリアにでも入って休もう」
「い、や、あの……っ」
電話ボックスから引っ張り出されて帝人の代わりに、静雄が中に入っていく。咄嗟に帝人は地面に落ちていた携帯電話を拾って握りしめた。帝人にあたってゆらゆら揺れたままの受話器を静雄が元に戻した瞬間、公衆電話がトゥルルルと突然音を立て始めた。
静雄は一度置いた受話器を取ろうとした格好のまま固まっていた。
「これ、この電話が鳴ってるんだよな?」
「多分」
「公衆電話って向こうからこっちにかけられるもんなのか?」
「一応、電話番号はあるみたいだよ」
でも誰に?と、静雄と新羅は顔を見合わせている。帝人はまさかと思いながらも、二人に出てみてもいいですかと、手を上げた。
「はい」
帝人は一つ息を吐くと、どきどきと鳴る心臓を抑えた。そっと持ち上げた受話器は携帯電話よりずしりと重い気がする。そっと耳に当てると、そこから初めて聞く声が流れてきた。
『もしもし。はじめましてと言いたいとろころだが……君はいったい誰だい?どうやってこの番号を知ったのかな?』
「……九十九屋さんですよね?」
半信半疑ながらも帝人が九十九屋の名前を出すと、電話の相手は一瞬の沈黙の後に肯定を返した。
『いかにも……けれど私は君のことを知らない。誰からこの番号を教えてもらったのか、まずは君から話してもらおう』
どうやって公衆電話に電話をかけ直すことができたのかは分からないが、帝人は8年前の池袋で九十九屋と連絡を取れた事実に少しだけ興奮した。
「そ、その、突然すみませんでした。でも僕もどうしたら良いかわからなくて……事情を説明するのでどこかでゆっくりお話できませんか?」
『ここでは駄目なのかな?』
「この電話を使いたい人が待っていて……」
帝人が話しだすと電話ボックスのドアはいつの間にか閉められていた。外をちらりと窺うと、静雄と新羅はじっと帝人を凝視していた。その視線にどきりとしてしまう。
『ならば、どこかパソコンの使えるところへ移動したまえ。用意できたらまた先程の番号に連絡するといい』
「わかりました。また後で」
がちゃりと受話器を置くと、緊張で強ばっていた身体からふっと力が抜けた。足もがくがくと勝手に震え出す。
「あ、あの、ご迷惑おかけしました」
「電話かけてきたの君の知り合いだったの?」
「し、知り合いというか、どうしても連絡を取らなきゃいけない人がいて、でもなかなか連絡がとれなくて困ってたんです……あ、その、次どうぞ……」
しどろもどろ言い訳をつむぐ帝人の言葉など新羅も静雄も信じてはいないだろう。けれど電話ボックスを指差す帝人に促されて、静雄はその中に入っていく。その代わりに新羅は前よりもずっとらんらんと目を輝かせて帝人に笑顔を向けていた。
うまく事情を説明できるとも思えなかった帝人は、新羅からいろいろ突っ込まれる前にその場を退散しようとそっとその視線を外した。だが新羅はそんな帝人の腕をがしっと掴んで、その場に引き止めた。
「ねえ、君……」
「あっ、ああああ、あのっ!すみません!!この辺りでパソコンを使えるところ知りませんか?」
咄嗟に誤魔化そうと帝人の口から出た言葉に、新羅は少し困ったようにパソコンねえと呟きを漏らした。