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遺伝子の匂い

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「ねぇシズちゃん知ってる?」

折原臨也がベッドの上で呟いた

情事の後の寝煙草を
咥えて静雄は返事するでもなくて
臨也の喋るに任せているのは
いつもの事で珍しくもない

「よく年頃の娘がさぁ」

自分の父親つかまえて

「お父さん臭くてイヤとか言うじゃない。」
「あれって」
「遺伝子の近さがなせるワザなんだってさ。」
「一説ではね。」
「できるだけ自分と離れた優秀な遺伝子を得る為に」
「自分と近い遺伝子を持ってる奴の匂いを臭いと感じる。」
「逆に遠い遺伝子の奴の匂いほどイイと思うんだって。」
「面白いと思わない?」
「結局さぁ男女の営みってヤツは究極的には」
「子孫繁栄の為だけにあるんだよねぇ。」
「好きだの嫌いだのも全て遺伝子に操作されてるとしたら」
「なんか馬鹿馬鹿しいと思わない?」
「結局はそういう事だよねぇ。好き嫌いの感情さえも」
「子孫繁栄の為にあるものなんだよね、ある意味。」
「なんかそれを思うとさ。」

ホント
俺達のこの行為って無意味だよね

さっきまで交えていた身体で
臨也はころりとシーツの上を転がって
頭の下で腕を組んで天井を見ている静雄のすぐ横へ

「・・・火ィ。気ィつけろノミ蟲。」
「フフフ。何それ。優しさのつもり?」
「馬鹿か。邪魔だつってんだよ。離れろ。」
「ヤって終わったら帰れとか言うタイプだよねシズちゃんて。」
「実際もう終わったし。スる事ねぇだろうが。帰れ。」
「わぁ冷たいなぁ?俺への労りは?」
「あるかよそんなモン。」
「頭撫でてくれるとか?女はそういうのに弱いよ?」
「手前はノミ蟲だろ。ついでに女じゃねぇし。」
「まぁそうだけど。」
「撫でて欲しいのか。」
「まさか。シズちゃんがそんな事したら気味悪いね。」
「撫でて欲しいんならさっさとそう言え。クソが。」
「ねぇちょっと。人の話聞いてる?別に撫でて欲しくな」
「どうだよ?」
「・・・それ、撫でるんじゃなくて掴み潰す的なカンジ。」
「手前にはこういうカンジで十分だろが。」
「若干痛いだけなんだけどこういうの。」
「何だ折角撫でてやったのによ。」
「イヤ撫でてないしね。」
「ゴチャゴチャ煩ぇヤツだな。・・・今度は何だ?」
「煙草。ちょっとだけ吸わせてくれない?」

臨也の
細い指が
静雄が咥えている煙草を摘んで
それに静雄が思いきり顔をしかめる

「アァ?欲しいなら一本勝手に取れ?つぅか手前」

煙草なんか身体に悪いモン

「吸うなんて緩やかな自殺行為だのと言ってやがったろうが?」
「その通りだね。一本も要らないよ。ちょっと吸いたいだけ。」

だからこれを貸せ

咥え煙草を引っ張る臨也が面倒で
静雄はそれを口から離してやった

「どうも?」

臨也が煙草を吸う手つきは意外に慣れていて
そんな光景を初めて見る静雄は少し驚く

「手前、前に吸ってやがったのか。」
「一応ね。学生のやる悪い事のベストテンは押さえてるよ。」
「イミ解んねぇ。」
「興味本位だけど。でもまぁ」

深酒した時と
こういう事した後だけ

「時々吸いたくなる。時々ね。」

ハイ
ありがと

二三口煙草をふかした臨也が
にこりとそれをまた静雄の口へと咥えさせる

「そう美味しいもんでも無いよね。止めたら?」
「癖みてぇなモンだ。放っとけ。」
「身体に悪いの解ってて吸うとか意味不明だよね。」
「手前だってさっきは吸いたかったんだろうが。」
「あはは。シズちゃんに一本取られるとはね?」
「どうした?」
「ん?」
「まぁ俺が訊いて手前が答えた試しは無ぇけどな。」
「何のこと?俺はいつだって饒舌な人間だけど。」
「手前の言葉は嘘八百だ。ホントの事は言わねぇだろ。」
「ふぅん?そんな風に思ってたんだシズちゃんて。」
「何とでも言え。」
「俺が本当の事言わないって?」

臨也が
ベッドの上へ半身を起こして
静雄の上へ両腕を突っ張って覆い被さる

「例えばこんな風に?」

シズちゃん
愛してる

甘い声で
思い切り静雄の耳元で囁いて
臨也がごく近い距離で濡れた黒目を霞ませて微笑む

「・・・だな。」
「俺が今嘘ついたって思うわけだよね。」
「嘘と思わせてぇんだろ。」
「何それ。」

まぁ
でも正解だけどね
ホントは

「殺したい男なんだから」
とそう言う臨也の手には
いつの間にかいつもの
ぎらつく刃の大ぶりのナイフ

「何ならいっそ今ここで殺しちゃおうか?」
「・・・そうか。そういう事だったんだな。納得だぜ。」
「ねぇ・・・何の話なのかな。咬み合ってないよね。」
「手前の匂いだ。ノミ蟲。」
「はっ?」
「臭ぇ臭ぇと思ってたんだが。そういう事だな。」
「・・・色々心外だったりするんだけど。何が?」
「手前と俺の遺伝子が近ぇっつぅ事だろ要するに。」
「・・・はぁ?」
「だから俺は手前の匂いが臭いんだ。納得だ。何しろ」

毎回

「遺伝子混ぜてっからな。週イチかそんくれぇで。」
「・・・あの。色々と突っ込みたいんだけど。」
「そういうこったろ。俺が手前の中に突っ込んでっから。」
「いやいやいや。あの、別に遺伝子混じるワケじゃないしね。」
「そうなのか?夫婦は似てくるとかいうのがソレだろ?」
「・・・新しい学説だね。学会に発表してみたら?」
「何だよ?違ぇのか?」

不本意だ
自分は正解じゃねぇのかと
静雄の瞳が臨也を見つめる

「あのさ・・・一応訊くけどシズちゃんは本当に」

俺の匂いが臭いと思うわけ?

臨也は思い切って訊いてみる

自分としてはてっきり比喩的表現と思っていたのだが
よく考えて見ればこの男にそんな高等技術な物言いが
できるわけも無かったのだと今更に気付いて少しショックだ

「はぁ?たり前だろ。前々から言ってんのによ?」
「あぁ・・・そうだよね・・・うん・・・。」
「まぁ正確には臭いっつうか。イラッとする匂いだけどな。」
「あぁ・・・そ・・・。」
「いや違うか?ムラッとする匂いっつか。」
「はっ・・・?」
「だからさっさと帰れつったんだ。もう一回ヤるぞ?」
「えっ、ちょっ!」
「煩ぇ。おらさっさと脚開けよノミ蟲。」
「ちょっと!俺はまだ納得してないんだけど?」
「知るか。手前の匂い嗅ぐとヤりたくなんだよ俺は。」
「そんなの俺こそ知らないよね!」
「アァ?!黙ってヤらせろこのノミ蟲が!」
「何それ!よっぽど今ここで死にたいって事だよね!」
「ゴチャゴチャ抜かすな!ヤんのか?!ヤんねぇなら帰れ!」
「・・・本気で殺す。死ねばいいよシズちゃん。」
「ヤってから考え直せ。オラこっち来いって!」

後は
お決まりの大立ち回り

結局最後はベッドに沈んで
一度目よりも更に深い交わりの中
なぁ
今遺伝子混じってっだろ

金髪怪力男にニヤリと微笑まれて

なんだかもう
反論するのも馬鹿らしくて

うん
そうだね

何か馬鹿馬鹿しい幸せな気分で

折原臨也は
その馬鹿男の広い背中に腕を回して

もっと
遺伝子を絡み合わせるように

しなやかに
身体全部を捻って



巻き付いた



もう
遺伝子ごと

混じっちゃえばいい













作品名:遺伝子の匂い 作家名:cotton