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迷子の子供たち

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 僕の心に複雑で様々な感情を催させるには一瞬のあの笑顔だけで充分。戸惑い。動揺。不安。そしてほんの少しの、喜び。



     迷子の子供たち



「新八、勝手にいなくなったりするなよな」
 スクーターを走らす背中が言った。僕らの周囲で後方へ流れていく風の音にも、僕が抱えている大江戸ストアのビニル袋がガサガサいう音にも混ざらず、その声はしっかり僕に届いた。でも僕の吐いたため息は遥か後ろに飛ばされゆくだけで、この人には届かない。仕方なく、声を張り上げる。
「買い物くらい勝手に行ったっていいでしょう?」
「声くらいかけてけって言ってんだよ。お前がいなくなってて俺がどんだけビックリしたかわかってんの?」
 銀さんがどれだけビックリしたのか。それを僕に知らしめた先ほどの光景を思い返してみた。



 それは僕がいつものように買い物に行くために万事屋を出たときのこと。階段を降りてスナックお登勢の前を通りすぎようとした、その時。何の前触れもなく上空で派手な音がした。思わず首をすくめる程に耳障りなその音は、どうやら万事屋の玄関が開く音のようだった。誰だろう? 神楽ちゃんはいなかったはずだから、銀さん? でもさっきまで寝ていたはずじゃ……っていうかどれだけ勢いつけて開けたんだ。考えながら振り返ると、ものすごいスピードで階段を駆け下りる彼の姿が。天然パーマの銀髪だけが、必死な彼をよそにふわふわとのんきに揺れていた。
「あ」
 ガゴッ
 こけた。痛そう。呆れるのと意味がわからないのとが半々な気持ちで僕はもと来た道を戻った。
「何やってんすか」
 僕の声を聞いて、突っ伏してた顔ががばっと起き上がった。近づいてみて気付いたけど、彼の片足は裸足だ。靴が脱げてこけたんだな、と納得。
 銀さんが僕の姿を確認する。それに伴い、堅かった彼の表情が移り変わってゆく。僕はただその様子を見ていた。そうすることしか、できなかった。驚愕から安堵へ。僕はあの時の銀さんの顔を、多分忘れられない。その瞳に僕を映した彼は、ただただ、顔一面に安心を広げて、笑ったのだ。今までに見たどんな人のどんな笑顔より優しく、そしてそれは、おおよそ大人がするようなやり方ではない笑い方だった。
「なに、どこ行くの、お前」
 彼はすぐに僕から視線を外し、転んだ身体を起こそうとする。まるで何も起こらなかったかのように、僕の動揺をも黙殺するように。僕はそれに手を貸して、買い物に行こうとしていたことを彼に告げた。するとあっという間にスクーターに乗せられて目的のスーパーへ連れていかれて……買い物を終えた現在に至る。



 少し、驚いた。あの表情には彼にそぐわない弱さがあったから。なんとなく僕は、銀さんが自分の弱いところを人に見せないような気がしていた。だからいきなりあんな顔を見せられて、驚いた。戸惑うしかなかった。僕はまだまだ彼のことを知らないんだなと思うと寂しくもあり、その知らない顔を見せてくれたことは嬉しくもあって、ああ、感情がごちゃごちゃだ。
「声かけろっていったって、あんた寝てたじゃないっすか」
 間違いなく事実を述べているはずなのに、なんだか自分の言葉が言い訳じみて聞こえる。
「叩き起こしゃー良かったじゃねーか。いつも朝起こすときみてーに容赦なくよ」
「容赦なく起こすと怒るくせに何言ってんですか。一応メモは置いておいたんですけど、気付きませんでしたか?」
「どこ置いたの」
「銀さんが寝てたソファーのすぐ前のテーブルに」
「気付くかそんな場所っ! あのテーブルゴミだらけじゃん。紙切れなんか紛れちゃうじゃん! デスクという安全地帯がすぐ側にあるだろーが!」
「あんたどうせデスクなんか見ないだろ! 気付いてもらいたかったら寝てる人のすぐ側に置こうと思うだろ普通はァァ!」
「この俺に『普通』が通じるとでも思ってんのかオメーはよォォォ! メモをデスクに置くくらいのチャレンジスピリットも持たねーでどーすんだよお前!」
「そんなチャレンジスピリットは誰も必要としてねェんだよ! それから少しくらい『普通』を理解しろや! あんた色んな意味で非常識人間なんだから」
「色んな意味ってなんだァァ! 今すぐここで全て述べてみろ十三字以内で」
「字数少なっ 全て述べさせるつもりないだろそれェェェ!」
 そんないつもの会話の中に、戸惑いがだんだんと薄れてゆくのを感じる。いつもの怒鳴り合い。いつもの言葉の応酬。いつもの僕。いつもの銀さん。ごちゃごちゃの感情は消えないけれど、「いつも通り」にほっとした。どうせ彼には見えないのだから、僕は隠さず笑みを零した。
「あーもう。とにかくよォ」
 表情のない声がして、銀さんがわずかに背筋をのばした。
「俺から、勝手に離れるなよ」
「……僕は迷子の子供ですか」
 でもそれは、勝手に居なくなられては困るということなのだろうか。その程度には僕は必要とされていると、そういうことなんだろうか? もしそうなんだとしたら、僕は。
 嬉しいと、素直にそう思う。
「よく言うよ。迷子の子供みたいな顔してたのはそっちなくせに」
「あ? 声小さくて聞こえねーぞ」
「なんでもありませんよ」
 そう。あの時の銀さんの表情は、迷子の子供が母親を見つけたときのような……そんな表情だったような気がする。不安とか寂しさとか孤独とか喪失からの開放。そんな安心感に包まれた、心からの笑顔。ってアレ? 僕、母親? ……ま、いっか。
「銀さん」
 今ではすっかり眼に馴染んだ、珍しい柄の着流しを握る。今度はしっかりと届くよう大きめの声で発声。
「当分は離れるつもり、ありませんから」
 心配しなくても大丈夫ですよ。僕にだって貴方が必要なんだから。
作品名:迷子の子供たち 作家名:綵花