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指先の魔法

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目を開くと、薄い隙間からまず目に入ったのは白い天井だった。
見覚えがあるような気のするそれに、しばしぼんやりと意識を奪われる。
……目を開くと、ということはつまり、今の今まで目を閉じていたということだ。

閉じていた?
目を?
なぜ?

状況を把握しようと起き上がろうとすると、体が酷く重い。
腕は指先が辛うじて動くものの、まるで鉛でも巻いているかのように重力に縛られている。
深く息を吐くと頭が痛んで、それだけでも体力を消耗したような気がする。
起き上がるのを諦めて肩の力を抜くと、少しだけ思考に力が戻ってきた。

今日は朝から暑かった。
いや、今日に限らずここのところ、例年以上の暑さが続いていて、夏らしいといえば夏らしい気候だった。
しかし気温がどうであろうと、日課であるチームでの練習がそれに左右されるものでもない。
そんな中、アドルフは朝食の時間からどうも体がだるいと感じていて、けれど練習を休むほどでもないと判断をした。
チームでのランを主にするレースの練習で、誰かが欠けるのはやはり望ましくないのだ。
簡単な打ち合わせを済ませて、マシンの調整を終えてアップをして、そうして、フォーメーションの練習に入った時だった。
勢いよくコースに飛び出して、しばらくそのまま、マシンを追いかけた。
練習用のコースは屋内に造られているのだが、広いコース内すべてに空調が効いているわけでもない。
当然、外気温に比例して練習場もそれなりの気温になる。
暑い、とは思っていた。
体内に熱が籠るような感覚もどこか覚えていて、そうしたらいつしか眩暈がして、そうしたらなぜか視界が反転して、足元がぐらりとよろめいて、

アドルフ、

と、誰かが呼ぶ声がして、どこか遠いところでそれを聞いたような気がして、

…………、







アドルフ、と呼ぶ声がした。
すぐそばで。
視線を向けようと思うのだが、頭痛がひどくてわずかに横を向くのも億劫だった。
そういえば、頭痛だけではない、汗をかいたのか、体中がべたべたとして気持ちが悪い。
ますます億劫に感じて、けれど、白い天井の視界を無理に捩じるまでもなく、声の主の顔がひょいと覗き込んできた。

「アドルフ、」

もう一度名を呼ばれて、どこか心配そうに眉を寄せた顔が白い視界の真ん中に入る。
気遣う表情を滲ませる親友に、何か返事を、と思ったが、喉が張り付いたように乾いていてうまく声が出せなかった。
すいと指が伸びてくる。
右目のすぐ上に着地したそれは、指先だけでそっと額を撫でた。
すると、額がひやりと冷えたような感覚。
どうも気持ちが悪いと思ったら、汗で湿った髪がはりついていたのだろう。
ヘスラーの指先がそれを避けて、そのまま頭を撫でるように動いた。
ずきずきと痛む頭に触れる温度の低めの指に心地よさを感じて、アドルフは目を閉じる。

「気分、どうだ?」

「…………少し、頭が痛い」

本当は少し、で済む程度ではなかったが、酷く痛むのだと言ったところでヘスラーを困らせるだけだ。

「無理をし過ぎだ。今日の朝、あまり食べていなかっただろう」

心地よい指が額から離れていって、つられるように重い瞼を持ち上げる。
普段から穏やかな顔に、気遣うような色を乗せてヘスラーがアドルフを見下ろしているのが、再び視界に入る。
そんな顔をさせてしまっていることに、罪悪感が滲んでくる。

「……………すまん」

「別に、謝らなくてもいいが」

なぜ謝るんだと、ヘスラーはきょとんとした顔をする。

「…いや、心配を、かけたかと、思って」

「ああ、心配はしたな、確かに」

「………すまん」

そんなに謝るくらいなら無理はしないでくれるといいんだがな、と、ヘスラーが苦笑したのに、すまん、と三度繰り返して、アドルフはまた眼を閉じた。
息を吐く。

頭が、痛い。
喉が渇いて、
体が重くて、

「何か飲むか?」

ああ、と頷いた声はもしかしたら音にはなっていなかったかもしれない。
けれど背中に腕が差し入れられて、それを支えに上半身を起こされたのだから、ヘスラーには伝わっていたのだろう。
姿勢を変えるだけで頭はずきずきと痛みを増したが、ぎゅうと目を閉じてそれをやり過ごした。
既に蓋の開けられたミネラルウォーターのボトルを受け取って、少しずつ嚥下する。
ほどよく冷えた液体は、喉をするすると伝わり落ちて、体中にしみていくようだった。
僅かばかり息をついて、そうしたら、後ろで自分を支える手が、優しく背中を撫でていることに気付く。
僅かな上下の動きだが、労わりを感じさせるそれは、とても心地がいい。
じわりと伝わる体温が、痛みを和らげるようで。

「まだ飲むか?」

尋ねられて手元を見れば、いつの間にか透明なボトルは空になっていた。
もう一本持ってこようかと、ヘスラーがベッドの端に腰かけていた体を起こした。
背中に添えられていた手が、離れる。
それで倒れこむようなことはなかったが、支えを失って小さく体が揺れた。

「……、と」

アドルフの手から滑り落ちた空のボトルをヘスラーが屈んで拾う。

「………すまん、」

だから、謝らなくていい、とヘスラーが笑った。
再び添えられた手が、アドルフの上半身をそっとベッドに横たえる。
ヘスラーにひと撫でされてから枕に戻った頭は、先程よりはいくらかは痛みが和らいでいて、何故だろうかと考える。

水を、飲んだせいか、
それとも、

「まだ寝ていた方がいいな。他に欲しいものはあるか?」

欲しいもの?

「何かあれば持ってくる」

欲しいもの、は、
水、なんかよりも、

「……………が、……れば、」

欲しいもの、を、口に出そうとしたのだが、声が掠れてしまった。

「え?」

聞き返すヘスラーが、耳を寄せてくる。
労わるような目が、いつにもまして優しい、から。

「ヘスラーが、」

「なんだ?」

優しい、から。

「ヘスラーがいれば、………それでいい」

つい、甘えてしまいたくなる。

「………………、そうか」

一瞬の間の後、わかったと微笑むヘスラーのいつにもまして優しい色に、痛みのためでなく、アドルフは目を閉じる。
そっと額に触れる手を感じながら、ゆっくりと眠りの淵に意識を手放した。






2010.8.12
作品名:指先の魔法 作家名:ことかた