Ein andermal
小雨も上がり、綺麗な夕陽が辺りの古びた町並みを綺麗に照らす。
コンクリートの上はまだ雨に濡れて乾いておらず、あたり一面に雨の匂いが立ち込める中、ギルベルトは辺りを懐かしむように歩く。
「ケセセ、随分と様変わりしちまったなぁ、あの頃と比べてよ。
なぁ、小鳥もそう思うだろう？」
肩に止まってピチチと鳴いた小鳥を軽く撫でる。
少しほろ酔いなギルベルトは、先ほどまで昔なじみのアントーニョとフランシス、ヴァルガス兄弟とヴェストと呼んで弟のように接してきたルートヴィッヒ、自らがプロイセンと名乗っていた頃からの盟友のアーサー、その弟のアルフレッドたちと呑んでいた。
紙袋を持ち千鳥足で向かった場所は、とある壁が残された場所。
そこで壁に手をかけると、懐かしむようにその壁を撫でる。
「この壁が壊されてから、随分たつじゃねぇか。
時間がたつのが早すぎて、つい昨日のことのようだぜ。」
ケセセと笑いながら、ギルベルトはその壁の向こうへと歩き出す。
壁を通り過ぎてしばらくすると、ギルベルトが座り込む。
「ちっ、いってぇなぁ。
あと少し･･･ってか。」
胸を押さえ、突然襲ってきた痛みに耐えていると、不意にギルベルトの携帯電話が鳴る。
「おう、なんだヴェスト。」
電話に出たギルベルトは、電話をかけてきたルートヴィッヒにケセセと笑う。
『兄さん、今どこにいるんだ？
ふらっと何も言わずに出て行かないでくれ。』
電話口でルートヴィッヒにそう怒られ、電話の向こうでは皆が騒いでいるのが聞こえた。
「おう、わりぃ、わりぃ。
少し気分転換と酔い覚ましで歩きたくなってよ。
もう少し歩いたら、戻るからよ。」
ケセセと笑いつつ、ルートヴィッヒの答えも聞かず電話を切り、ポケットに仕舞うとそのまま、また歩き出す。
胸の痛みは少し和らいでいた。
しばらく歩いたギルベルトは、とある墓の前に来ていた。
その墓の前に座り無と、紙袋からワインとワイングラスを二つを取り出すと、ワインのコルクを抜き、二つのグラスに注ぐ。
「オヤジ、しばらくの間、忙しくて来れなくて悪かったな。
ヴェストも元気でやってるぜ。
･･･なぁ、オヤジ、自分の息子のように俺の事愛してくれたこと、すげぇ嬉しかったぜ。」
墓の前にワインが入ったグラスを置き、そのグラスに軽く自分が持っていたグラスをぶつけると、そのまま一気にワインを飲み干す。
そして、ギルベルトはワイングラスを二つ並べ、ワインをそのまま置いて立ち上がる。
「じゃあな、オヤジ。
もう生まれ変わってるかもしれねぇけど、来世で幸せになれよ。
馬鹿息子からの唯一の願いだ。」
そう言うと、ギルベルトはその場を後にする。
振り迎えることなくギルベルトはまた別の場所に向かう。
ギルベルトがついた場所は、大きな木の根元。
ベルリンの町が一望できるその場所についた頃、当たりは暗くなっていた。
その木の根元に座り込んだギルベルトは、胸ポケットに入れていた小さな手帳を取り出し、ソコに文字を書くとそれを四つに畳んだ。
「なぁ、小鳥･･･。
わりぃんだけどよ、コレを家のテーブルの上に置いてきてくれねぇか？
ここからだったらちけぇだろ。」
そう言って、ギルベルトは小鳥の口にそれを咥えさせる。
紙切れを咥えた小鳥はそのまま自宅のほうへ飛び立つ。
それを見届けたギルベルトは、胸を押さえながら、天を仰ぐ。
「･･･神聖ローマ、お前もこんな風に苦しんでたな。
けど、お前はそんなことお構い無しに戦場に出て果てた。
俺も戦うために生まれてきたんだ、そうしたかったけどよ、時代がそうさせてくんなかったぜ。
なぁ、今なら分かるぜ、お前の気持ち。
がむしゃらに生きて、生きていたいと願ったお前の気持ちが。」
そう呟いたギルベルトの赤い瞳から涙が零れる。
ぎゅっと胸を掴み、拳を握るとそのまま地に拳を叩きつける。
「消えたくねぇよ。
大事な奴がいるんだ。
傍でまだまだ成長を見届けたい奴がいるんだ。
俺はまだまだ生きていたいんだ。
老兵は消えるのが常だ。
もう俺が大切にしていた国はない。
俺の存在の意味もない。
それでも、俺は････。」
言葉がつまり、ギルベルトは頭を抱える。
あふれる涙を声を殺しながら流し続け、胸の痛みが増すのが更に彼を苦しめる。
悪あがきするんじゃないというように、痛むその胸は、彼の存在がもう少しで消えることを物語っていた。
小鳥がギルベルトの元に戻ると、ギルベルトの姿はなくなっていた。
ギルベルトの代わりにそこにあったのは、ギルベルトがしていた十字のネックレスだけ。
小鳥はそれを拾うと、また自宅へと戻る。
自宅に戻った小鳥は、紙切れの上にそのネックレスを置くと、自らもその紙切れの上に座り込む。
そして、小鳥はいつもギルベルトにしていたように、その紙切れに擦り寄ると、眼を閉じ、身動きをしなくなった。
呼吸で揺れていた小鳥の身体も段々と呼吸が短くになるにつれて小刻みになっていく。
小鳥の身体が完全に動かなくなると、尻尾のほうから徐々に身体が消えていき、黄色い小さな羽根だけを残して小鳥の姿も消えた。
小鳥の身体の下の紙切れに書かれた文字、ソレは･･･。
【俺様、ちょっと死んでくるぜ。
あ、泣くんじゃねぇぞ。
お前らはしぶとく生きやがれ。
じゃあな。
ギルベルト】
そう書かれてあった。
『ケセセ、あいつらの驚く顔を見るのが楽しみだぜ。』
そういう意図が含まれているのかは、ギルベルトがいない今、誰にも分からない。
ギルベルトが最後を遂げたその場所一面には、矢車菊が咲き誇っていた。
ＥＮＤ
作品名：Ein andermal 作家名：狐崎 樹音