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あんなにも白に映えた赤

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ぺたぺたと色を付けていく、貴方に、貴方に、重ねるように

キャンバスへ色を乗せながら、青葉はふと視線を感じてゆっくりと頭を後方へ向けた。廊下に面した窓があるだけのそこに立ち、窓枠に手をついて青葉を見つめていた帝人は、ふにゃりと顔を緩めてひらひらと青葉へ手を振る。先輩、青葉は少し目を丸め、怪訝そうに顔を歪めた後、キャンバスの近くに持ってきていた木製の椅子へ画材を置き、ぺたぺたと床を進んで帝人の傍まで近づいた。
「どうしたんですか、美術室にまできて」
「うん、用事で通りかかったんだけど、青葉くんが何かしてるなって思って」
部活ですよ。青葉は呟き、人一人いない部室を見回した。帝人も青葉につられて視線を彷徨わせ、一人で、と声を上げる。
「・・・自主練みたいな、ものです。今日本当は部活ないんですよ」
コンクールがあって、それに出品する絵を描きたいって言ったら鍵を貸してくれました。青葉は制服のポケットに入れていた鍵を持ち出し、帝人の目の高さまで持ち上げて ちゃり と振った。帝人は気の無い返事を返し、ちらりとキャンバスへ視線を送る。
「それ、油絵?」
「そうです。いつも水彩ばっかりだったんで、気分転換に」
帝人は特徴的な目を細め、へえ、と声を上げて窓枠から手を離した。頑張って 続けられた応援の言葉は間違いなく先輩が面識のある後輩にかける類のものであり、青葉も下手に勘ぐることなく はい と頷く。帝人は微笑み、青葉へ手を振って歩き出そうとした。青葉はじ、と帝人を見つめ、淡く視線を動かして 先輩 と声を上げた。

「モデル?」
「そんな大げさなものじゃないですけど、クロッキーにつきあってくれないかなって」
配色で悩んじゃったんです。青葉はスケッチブックを持ったまま座り込み、椅子に腰かけている帝人を見つめた。先をよく尖らせた鉛筆で簡単なパースをとり、帝人を見つめてかりかりと鉛筆を走らせ始めた青葉へ、帝人は流されるまま座ってしまった自分に溜め息をつき、ふと萎縮して背をぴんと張った。青葉は目を丸め、帝人を見つめる。
「モデルって動いちゃいけないんでしょう?」
「・・・休憩のつもりでやってるんで、リラックスしてもらえればいいですよ?」
先輩、ノリノリですね。青葉はくすりと笑いながらもさらさらと筆を走らせていく。帝人は顔を赤らめ、そう、と呟いて瞬きを行った。
「配色で悩んでるって 塗ってるんじゃなかったの?」
「ええ、塗ってる途中で これでいいかなぁって思っちゃって」
悩むと止まらないですよね。青葉はかりかりとスケッチブックに帝人の姿を写しながら瞬きをした。帝人は美術には詳しくないとばかりに そうなんだ と声を上げて黙りこむ。青葉の視線は帝人とスケッチブックを行き来し、帝人は時たま視線を移ろわせながらも比較的静かにモデルを務めた。
「先輩がイメージなんです」
「・・・え? 僕 ?」
はい、青葉は呟き、鉛筆の手を止める。帝人がきょとりと目を丸めると、青葉の動きも完全に停止した。スケッチブックを見やりながら、青葉は あ と声を上げた。
「赤色付けたらいいかもしれないですね、血みたいに深い赤」
「・・・青葉くん、それ 皮肉か何か?」
帝人は呆れた声で呟き、もう行かなきゃ と小さく声を上げた。遠慮がちな声に苦笑しながら、青葉は はい と従順に頷く。
「引きとめちゃってごめんなさい。気をつけて帰ってくださいね」
「青葉くんも、あんまり遅くまで残っちゃ駄目だよ」
帝人の声に頷き、教室から出ていく姿を見送った青葉は、スケッチブックに残る帝人の姿を見下ろした後、油絵へ視線を送った。放置したままだった絵具を一瞥した青葉は、絵を見つめて 淡々と溜め息をつく。
「上手く、出来ないなぁ」
さまざまな色を乗せ過ぎたために、真っ白だったキャンバスは深く混沌とした色合いになっている。青葉は目を細めながら息をつき、筆をとってその上に赤色を乗せた。浮いた色合いになったそれを見つめながら、青葉は目を細め、残念 と呟いた。

(赤色、似合わないにも程がある)