蒼の五線譜 第二奏
桜が少しずつ姿を消そうとしている頃。
学園では、入学式があった。
蒼の五線譜
第二奏「東国の新譜」
厳かな式典の後、生徒会からの挨拶や、気の早いことに各部活動の紹介をした。
この日は日程が短縮されていて、入学式の後、HRをやったら解散という早さである。
ぞろぞろと出てくる新入生に、二・三年の生徒が群がっていた。
というのも、学園の評判が人から人へと伝わり、知り合いや親類が入学してくることもしばしばだからだ。
遠くからそれを眺めていたアーサーは、つまらなそうに欠伸をした。
「くぁ……。早く帰っても暇だっつーの……」
「よっす!暇だから来ちゃったー」
「なんやなんや、えらいぶすったれた顔しとるなぁ会長さん?」
「そうかな?たぶんいつも通りだよ」
「……おい、なんなんだよお前ら」
アーサーの周りにわらわらと集まって来たのは、フランシスとイヴァン。
それに、褐色の肌と屈託のない笑顔、そして関西弁が特徴のアントーニョ・フェルナンデス・カリエド。通称トニーである。
その中に、一人の姿が見えないことにアーサーは気付いた。
「あれ、アイツは?」
「おぉ、ギルの事か?アイツなら弟探しにアレん中やで」
アントーニョは親指で背後に広がる人の波を指した。
そして、しばらく四人はこの後の時間はどうするかなんて事を話していた。
するとそこに、一つの元気な声が響く。
「うぉーい!連れて来たぜー!」
「お、あれギルじゃん」
「お疲れー!それ弟くんかいな?」
「背丈変わらないんだね。……あれ?後ろの子たち誰だろ」
彼らの元に帰って来たのは、銀髪赤目の通称不憫、ギルベルト・バイルシュミット。
そして、彼に連れて来られたオールバックに眼鏡の少年が、実の弟であるルートヴィッヒ。
その後ろから付いて来たのは、バイルシュミット兄弟の幼馴染みであるヴァルガス兄弟。
強気な雰囲気の兄・ロヴィーノと、いつもふんわりしている弟・フェリシアーノの双子である。
「兄貴、頼むからもう少し穏便にしてくれ……。苦手なんだ、こういうのは」
「良いじゃねぇか!無事入学できたんだ、祝いだ祝い!おぅ、飯でも食いに行くか!」
「仲良いんだね~」
その横で、双子の兄弟が皆に挨拶をしていた。
「フランシス兄ちゃん、久し振り~♪」
「フェリちゃんじゃないのー!うっわぁ~、大きくなったねぇ!それにロヴィーノも!」
「けっ、また会っちまったなこのやろー」
この三人、一時期近所に住んでいた事があって、昔からの顔馴染みなのである。
ボヌフォワ家がカークランド家の傍に越すまでの短い期間だったが、フランシスに双子は随分とお世話になったんだとか。
そして、そのすぐ後に越して来たのがバイルシュミット家で、この年まで長いこと両家は交流を続けてきたのである。
双子に近寄ってきたアントーニョは、二人を見て目を輝かせた。
「わぁあ~……。なんや、ごっつかわえぇな~!」
「ふぇ?初めまして~、俺フェリシアーノって言います~」
「よろしゅーに♪そっちの君は?名前何て言うん?」
ム、と怒ったような顔のロヴィーノを見て、何か気に障るようなことでもしただろうかと、アントーニョは頭を掻いた。
しばらくして、ロヴィーノはぽつりと呟いた。
「……ロヴィーノ」
「……ん、分かった。俺はアントーニョ言うねん。よろしゅーな?」
ニコ、と笑いかけると、ロヴィーノはそっぽを向いてしまった。
すぐに横に居たフェリシアーノに彼は咎められる。
「あ!こらー兄ちゃん~~~!そういうのやめなって言ってるじゃない~!」
「何すんだこのやろー!」
「おっ!仲えぇなぁ♪」
にわかに周囲が騒がしくなった頃、アーサー一人は別の方向を眺めていた。
それに気付いたイヴァンが、彼に声を掛ける。
「? どーしたの、アーサーくん」
「ん?あぁ……」
返事をしたものの、ずっと何処かを見つめたままで、心ここにあらずといった風である。
気になったイヴァンは、アーサーの視線を追ってみることにした。
長い髪を揺らして、人混みに呼びかけるその人。
誰かを探しているようで、その名を懸命に呼び続ける。
「菊ーっ!ヨンスーっ!何処あるかーっ!」
目的の人が見つからないことに彼が溜め息をつきながら辺りを見回していると、彼の後ろから三人の人物が近付いていき、先頭にいた一人が彼の肩を叩く。
見つけたよ、とでも言っているのだろう。
後ろの二人を指差し、その人物が退く。
彼はぱぁっと破顔して、小柄な少年に抱きついた。
もう一人の背の高い少年が、彼の後ろから抱きつく。
それに彼は抗議していたようだが、そのうち観念して。
明るく、華のように、笑った。
アーサーは、彼――耀から片時も目を離さなかった。
憧れのものを目の前にしているかのように、その眼差しはうっとりとしているようにも見える。
少なくとも、横に居たイヴァンには、そう思えた。
「……随分熱心に見てるね」
驚いたアーサーはイヴァンを見る。
静かな声音とは違い、彼はいつも通りの微笑みを浮かべていた。
「はっ……!?眺めてただけだ!他意はねぇよ!」
「そう?……なら良いんだけどさ」
今度は、イヴァンがアーサーから目線を外して、群集の中の耀を見つめていた。
訝しむようにイヴァンを見ていたアーサーだが、彼の目が驚いたように僅かに見開かれたのに気付き、視線をそちらに向けた。
なんと、耀が先程の人物たちを率いてこちらに歩いてくるではないか。
ただこの渡り廊下を通るだけかもしれない。
僅かに何かを期待してしまった思考をなだめつつ、アーサーは彼らを改めて見た。
案の定、耀の足は自分らの目の前で止まった。
「あいや、この前は世話になったあるなぁ」
「え?あぁ、あれくらいどうって事ねぇよ」
「いや、結構助かったあるよ。……えーっと……アーサー、だったあるか?」
「……そうだけど」
「良かったあるー。我、人の名前とか覚えるの苦手で……。んーと……?」
耀は順にイヴァン、フランシス、と名を呼ぶ。
合っている事に喜び、彼はまた笑った。
続いて、アントーニョ、バイルシュミット・ヴァルガスの兄弟らとも自己紹介をし合う。
そんな中、彼は後ろに居る三人を紹介した。
「我の弟と、幼馴染みの弟分あるよ」
きりりとした眉と、斜めに流した前髪の彼は、耀の双子の弟だという。
「香っていうっす。宜しく、みたいな」
「……あー、まぁこんなヤツある」
四人の中で一番背の高い、不思議なアホ毛を揺らした彼は、一番の元気印。
「任勇沫っていいます!宜しくお願いします……なんだぜ!」
「こら、自己紹介くらいちゃんとするある」
そして、整った髪形と静かな瞳が特徴の小柄な少年。
彼は自己紹介をしながら、深々とお辞儀をした。
「本田菊、と申します。以後お見知り置きを……」
つられて、皆一様に返礼をしてしまった。
まぁ、とけりをつけるように耀が一声あげる。
学園では、入学式があった。
蒼の五線譜
第二奏「東国の新譜」
厳かな式典の後、生徒会からの挨拶や、気の早いことに各部活動の紹介をした。
この日は日程が短縮されていて、入学式の後、HRをやったら解散という早さである。
ぞろぞろと出てくる新入生に、二・三年の生徒が群がっていた。
というのも、学園の評判が人から人へと伝わり、知り合いや親類が入学してくることもしばしばだからだ。
遠くからそれを眺めていたアーサーは、つまらなそうに欠伸をした。
「くぁ……。早く帰っても暇だっつーの……」
「よっす!暇だから来ちゃったー」
「なんやなんや、えらいぶすったれた顔しとるなぁ会長さん?」
「そうかな?たぶんいつも通りだよ」
「……おい、なんなんだよお前ら」
アーサーの周りにわらわらと集まって来たのは、フランシスとイヴァン。
それに、褐色の肌と屈託のない笑顔、そして関西弁が特徴のアントーニョ・フェルナンデス・カリエド。通称トニーである。
その中に、一人の姿が見えないことにアーサーは気付いた。
「あれ、アイツは?」
「おぉ、ギルの事か?アイツなら弟探しにアレん中やで」
アントーニョは親指で背後に広がる人の波を指した。
そして、しばらく四人はこの後の時間はどうするかなんて事を話していた。
するとそこに、一つの元気な声が響く。
「うぉーい!連れて来たぜー!」
「お、あれギルじゃん」
「お疲れー!それ弟くんかいな?」
「背丈変わらないんだね。……あれ?後ろの子たち誰だろ」
彼らの元に帰って来たのは、銀髪赤目の通称不憫、ギルベルト・バイルシュミット。
そして、彼に連れて来られたオールバックに眼鏡の少年が、実の弟であるルートヴィッヒ。
その後ろから付いて来たのは、バイルシュミット兄弟の幼馴染みであるヴァルガス兄弟。
強気な雰囲気の兄・ロヴィーノと、いつもふんわりしている弟・フェリシアーノの双子である。
「兄貴、頼むからもう少し穏便にしてくれ……。苦手なんだ、こういうのは」
「良いじゃねぇか!無事入学できたんだ、祝いだ祝い!おぅ、飯でも食いに行くか!」
「仲良いんだね~」
その横で、双子の兄弟が皆に挨拶をしていた。
「フランシス兄ちゃん、久し振り~♪」
「フェリちゃんじゃないのー!うっわぁ~、大きくなったねぇ!それにロヴィーノも!」
「けっ、また会っちまったなこのやろー」
この三人、一時期近所に住んでいた事があって、昔からの顔馴染みなのである。
ボヌフォワ家がカークランド家の傍に越すまでの短い期間だったが、フランシスに双子は随分とお世話になったんだとか。
そして、そのすぐ後に越して来たのがバイルシュミット家で、この年まで長いこと両家は交流を続けてきたのである。
双子に近寄ってきたアントーニョは、二人を見て目を輝かせた。
「わぁあ~……。なんや、ごっつかわえぇな~!」
「ふぇ?初めまして~、俺フェリシアーノって言います~」
「よろしゅーに♪そっちの君は?名前何て言うん?」
ム、と怒ったような顔のロヴィーノを見て、何か気に障るようなことでもしただろうかと、アントーニョは頭を掻いた。
しばらくして、ロヴィーノはぽつりと呟いた。
「……ロヴィーノ」
「……ん、分かった。俺はアントーニョ言うねん。よろしゅーな?」
ニコ、と笑いかけると、ロヴィーノはそっぽを向いてしまった。
すぐに横に居たフェリシアーノに彼は咎められる。
「あ!こらー兄ちゃん~~~!そういうのやめなって言ってるじゃない~!」
「何すんだこのやろー!」
「おっ!仲えぇなぁ♪」
にわかに周囲が騒がしくなった頃、アーサー一人は別の方向を眺めていた。
それに気付いたイヴァンが、彼に声を掛ける。
「? どーしたの、アーサーくん」
「ん?あぁ……」
返事をしたものの、ずっと何処かを見つめたままで、心ここにあらずといった風である。
気になったイヴァンは、アーサーの視線を追ってみることにした。
長い髪を揺らして、人混みに呼びかけるその人。
誰かを探しているようで、その名を懸命に呼び続ける。
「菊ーっ!ヨンスーっ!何処あるかーっ!」
目的の人が見つからないことに彼が溜め息をつきながら辺りを見回していると、彼の後ろから三人の人物が近付いていき、先頭にいた一人が彼の肩を叩く。
見つけたよ、とでも言っているのだろう。
後ろの二人を指差し、その人物が退く。
彼はぱぁっと破顔して、小柄な少年に抱きついた。
もう一人の背の高い少年が、彼の後ろから抱きつく。
それに彼は抗議していたようだが、そのうち観念して。
明るく、華のように、笑った。
アーサーは、彼――耀から片時も目を離さなかった。
憧れのものを目の前にしているかのように、その眼差しはうっとりとしているようにも見える。
少なくとも、横に居たイヴァンには、そう思えた。
「……随分熱心に見てるね」
驚いたアーサーはイヴァンを見る。
静かな声音とは違い、彼はいつも通りの微笑みを浮かべていた。
「はっ……!?眺めてただけだ!他意はねぇよ!」
「そう?……なら良いんだけどさ」
今度は、イヴァンがアーサーから目線を外して、群集の中の耀を見つめていた。
訝しむようにイヴァンを見ていたアーサーだが、彼の目が驚いたように僅かに見開かれたのに気付き、視線をそちらに向けた。
なんと、耀が先程の人物たちを率いてこちらに歩いてくるではないか。
ただこの渡り廊下を通るだけかもしれない。
僅かに何かを期待してしまった思考をなだめつつ、アーサーは彼らを改めて見た。
案の定、耀の足は自分らの目の前で止まった。
「あいや、この前は世話になったあるなぁ」
「え?あぁ、あれくらいどうって事ねぇよ」
「いや、結構助かったあるよ。……えーっと……アーサー、だったあるか?」
「……そうだけど」
「良かったあるー。我、人の名前とか覚えるの苦手で……。んーと……?」
耀は順にイヴァン、フランシス、と名を呼ぶ。
合っている事に喜び、彼はまた笑った。
続いて、アントーニョ、バイルシュミット・ヴァルガスの兄弟らとも自己紹介をし合う。
そんな中、彼は後ろに居る三人を紹介した。
「我の弟と、幼馴染みの弟分あるよ」
きりりとした眉と、斜めに流した前髪の彼は、耀の双子の弟だという。
「香っていうっす。宜しく、みたいな」
「……あー、まぁこんなヤツある」
四人の中で一番背の高い、不思議なアホ毛を揺らした彼は、一番の元気印。
「任勇沫っていいます!宜しくお願いします……なんだぜ!」
「こら、自己紹介くらいちゃんとするある」
そして、整った髪形と静かな瞳が特徴の小柄な少年。
彼は自己紹介をしながら、深々とお辞儀をした。
「本田菊、と申します。以後お見知り置きを……」
つられて、皆一様に返礼をしてしまった。
まぁ、とけりをつけるように耀が一声あげる。