孫じろと伏ちゃんのおしゃべり
「人間なんて嫌いだよ。」
口を開いた孫次郎がぽつりとそう零したので、伏木蔵はぱちくりと目をしばたたかせた。
先程保健室にやってきた孫次郎は座るなり黙ってじっと床を見つめていたものだから、調度薬草をすり潰していた伏木蔵はどうしたものかと横目で孫次郎の様子を伺っていたのだった。
「人間なんてさ。怨みあって、憎みあって。嫌だよ、もう関わっていたくないよ。動物や虫達の方がまだいい、だって、こいつらは醜くないもの。」
そう言うと孫次郎は顔を膝に埋めてぐすんぐすんと泣き始めた。
伏木蔵は生物委員会の内部が揉めているのを承知していたので、ははあまた何かあったのだなと憶測した。どうせまた夢前三治郎と上ノ島一平のことだろう。あの二人はどうにも具合がよろしくない。
「孫次郎は人間が嫌い?人間はいやだと、そう思うの?ふ、ふ」
「うん、嫌だよ、もう嫌なんだ。伏木蔵はそう思わないの」
それを聞いて伏木蔵はまたふ、ふ、と笑った。
「僕はまだ人間がすき、だって、あの人がいるんだもの。あの人が」
醜いのだもの。と伏木蔵は思った。孫次郎が人間の醜さを毛嫌いするように、伏木蔵は人間の醜さを愛している。その心は伏木蔵が焦がれてやまないあのくせ者に端を発するものだった。
孫次郎はまだぐすぐすと泣いている。こういう時は気が済む迄泣くのが良い、というのは建前で孫次郎を付きっきりで慰めるのが面倒臭かった伏木蔵は、孫次郎をそのままに薬の調合を今日中に終わらせるよう手を動かしたのだった。
(孫次郎と伏木蔵)
作品名:孫じろと伏ちゃんのおしゃべり 作家名:双谷二