越えたい想い
返事はないが、室内に気配はある。
ゆっくりとドアノブに手をかけ、開いた。
備え付けのベッドに横になり、微動だにしないリヴィオの姿。
ベッドへゆっくり近寄れば、それに呼応するようにリヴィオは起き上がった。
「あの、さ」
「……残念だったな、リヴィオなら寝てるぜ。用があるなら後で来な」
ぶっきらぼうに言い放つと、またベッドに横になった。
慌ててベッド脇に駆け寄り、ラズロに話しかける。
「ラズロっ」
「んだよ……?俺に用じゃないんだろ、とっとと帰れ」
起き上がる事もせず、ヴァッシュのほうを見遣る事もしない。
だが、ヴァッシュも諦める様子を見せず、再度話しかける。
「ラズロにも話が――」
「俺は話なんかねぇ」
「っ……」
「あの事なら、謝る気はねぇからな」
「ちがっ……あのっ、そのっ」
「チッ……」
舌打ち。
瞬間、腕が伸びてきたかと思うと。
「俺はリヴィオと違って、遠慮する気なんぞ更々ねぇからな」
「!?」
直後、天地が逆転し、背中に柔らかい感触。
何が起こったのか分からず、動けずにいると。
いつの間にか目の前にある、ラズロの顔。
逆光により、表情は良く見えない。
「襲われたって文句言えねぇぞ」
「え、あ、ちょ、ま……ラズ、ロ?」
そう言われ、今の状況を冷静に考えれば。
両手を捕らえられ、ベッドの上に押し倒されている。
動こうにも動ける状態ではなく、逃げ場はない。
冷や汗。
「ま、待って待って待ってぇ……!」
「いやだ」
「っん――!」
抵抗も虚しく、顔を寄せられ。
軽く触れるだけの、キス。
一瞬の出来事だった。
ゆっくりとした動作で顔を離していくラズロ。
ヴァッシュは思考が完全に停止し、目の前の顔を見つめる。
瞬間、目に、戸惑いの色を浮かべたラズロ。
「すっ、すみませっ……!」
思い切り顔を逸らし、真っ赤になっているところを見ると。
「リヴィオ……?」
「ラズロが……また……」
一言、そう呟く。
眼下のヴァッシュは、戸惑いを見せ。
困った表情。
それきり、沈黙。
実際には数分だったのだろう。
だが、とても長い時間そうしていたように感じた。
そして、その沈黙に耐え切れなくなったのは。
「あの、リヴィオ?」
ヴァッシュの方だった。
恐る恐る、眼前のリヴィオに問いかけるが。
数秒待ってみても、返事は返ってこない。
「そろそろ、退いてもらっても――」
「僕じゃ、あの人の代わりにはなれない……」
ヴァッシュの言葉を遮り、リヴィオが声を発した。
言葉が溢れる。
止まらない。
ヴァッシュが目を見開き、此方を見上げるが。
そんな事に、構っていられなかった。
「到底、敵わないことぐらい、分かってます」
「リヴィ、オ……」
「でも、僕じゃ駄目ですか?」
「……っ」
息が詰まる。
心底困ったような表情のヴァッシュ。
困らせたくはない。
でも、ラズロにこれ以上迷惑を掛けられない。
それに、もう自分も耐え切れなくなっていた。
「知ってた、よ。ずっと、ずっと……知ってた」
ポツリ、と。
小さい、蚊の鳴くような声で。
「ただ、僕が逃げてたんだ」
眼下のヴァッシュは、弱弱しく言葉を紡いでいく。
何時、如何なる時でも笑顔の人が。
目に涙を浮かべているなど、思いもよらなかった。
「もう、大切な人を……失いたくないから」
思い出してしまったのか。
小さく、震えながら紡がれる言葉。
脳裏に思い浮かべるのは、三人。
実際には、もっと沢山居るのだろうが。
直ぐに思い浮かぶのは、その三人だった。
一人目は話しに聞いたのみの人だが、とても優しく強い人だったと。
二人目は全人類を敵にした人でもあり、ヴァッシュさんの家族でもあった人。
そして、最後の一人は。
僕にとっても大切な、憧れの人だった。
ふっと、息を吐き出す。
そして。
一等明るい声音で、言葉を発する。
「僕は、簡単には死にませんよ。だって、自己再生しますから」
自信満々に言ってみせる。
眼下のヴァッシュは、目を真ん丸くし。
呆気にとられていた。
「そりゃ、寿命はありますけど……それまでは」
リヴィオは一瞬、表情を曇らせたが、直ぐに表情を戻し。
そして、ヴァッシュの目を真っ直ぐに見つめる。
「ずっと一緒に居ますから。僕を見てください」
真面目な顔をして、言い放つ。
そして。
あ、と小さく声を漏らすと「一つ訂正」と言って。
「"僕達"ですね」
にこり、と。
リヴィオは優しく微笑んだ。
そして。
それを見たヴァッシュも、優しく微笑み返した。