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勝負する前から負けてるの

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「俺さ、弟欲しかったんだよね」
「はぁ」
「お兄ちゃんって言ってみて」
「はぁ…へ?」

驚いて隣を向くと、テレビを見ていたはずの幽はじっと帝人の顔を見詰めていた。
無表情なせいか妙な迫力がある。無意識のうちにじりじりと後退した帝人だったが、その分距離を詰められていくのでその行動はあまり意味を為さなかった。

「いや、あの、え?」
「嫌?」
「い、嫌っていうか」

しゅんと悲しそうに垂れる犬の耳と尻尾が見えた気がした。彼の兄はなんとなく犬っぽいと帝人は常日頃思っているのだが、それは弟のほうにも言えるのかもしれない。相変わらず何を思っているのか全く分からない顔をしているが、懇願するような目と少し傾げた首が厄介だった。嫌だと突っぱねられる雰囲気ではない。

「お兄ちゃんじゃないと駄目なんですか?」
「…嫌なの?」
「に、兄さんとか兄貴とか」
「可愛くないからやだ」
「幽さんだって静雄さんのことそう呼んでるじゃないですか」
「兄さんはいいの。可愛くないから」
「静雄さんも意外と可愛いところあると思いますよ?」
「アレは帝人くんとは別のベクトルでの可愛さだから。いわゆるギャップ萌え?」
「幽さんからその言葉を聞く日が来るとは思ってませんでした…」
「お兄ちゃんって呼んでほしいな」
(話題逸らせなかった!)

これで上から目線で呼んでとか呼べとか言われたならまだ強く拒否することもできるのに、あくまで「お願い」の体裁を取られているせいでそうもいかない。性質が悪いと言えばそうだった。
それにいつまでもこうしてじっと見詰められるのは耐えられない。同性であっても息を呑むほど綺麗な顔をしている彼の顔を、こんな近距離でずっと直視し続けるのは正直きつい。
当然数分と保たず、帝人は大人しく白旗を上げた。

「一回だけですからね」
「うん」
「……お兄ちゃん」
「ちっちゃくてよく聞こえないからもう一回」
「お兄ちゃん!」

ゴンッ!
どうせ二人っきりだと思い自棄になって大声を出すと、その瞬間玄関のほうから何か固いもので壁をぶっ叩いたような音がした。
そのままドドド、と猪か牛が走っている様子を思わせる音がして、部屋のドアが外側から開いた。というか外れた。壊れた蝶番が床に転がっても突然の乱入者は気にも留めない。

「お帰り兄さん」
「ただいま。…おい帝人、今のはなんだ」
「えっ!?き、聞こえました…よね?やっぱり。あの音量なら」

帝人は顔が熱くなるのを自覚した。静雄はそれどころではない様子で、彼の両肩をガッと勢い良く掴む。

「おいなんだ、なんなんだ今のは」
「すいません忘れて下さい!てっきり二人っきりだと…」
「めちゃくちゃ可愛かった」
「は?」
「うん。その時の顔もすごい可愛かった。写メりたかったくらい」
「ずるいぞ幽。帝人、俺にも言ってみてくれ」
「え、えええ?」

うんうんと一人頷く幽と、きらきらと期待のまなざしで見詰めてくるその兄。
そんな二人に挟まれるという思わぬ事態を前に、帝人の頬はひくひくと引きつった。
作品名:勝負する前から負けてるの 作家名:海斗