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夜に浮く

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 家を出る前に雨戸を半分しか閉めなかったせいか、窓からは星とでかい月がよく見えた。今日は三日月だ。
 今夜は天が低く感じる。昔はこんな空を見ると、手を伸ばせばただの飾りの光る暗幕の様に本当に掴める気がして、あれが丸ごと堕ちてきたらどうなるのだろうと童心では本気で考えた。と言っても、そのときの自分の結論は「まあ仕方ない」の子供らしからぬ答えだった。やけに現実的だ。しかもその答えは、今でも変わらない。どうもしない、どうも出来ない、どうも変わらない。自分一人の力ではいつだって、何だって。
 昔も今も、何も変わらない。自分ではそのつもりでいて、それでも、周りは違う、ことがある。
「兄貴、今どこ」
『あー、今布団入ったところだ』
「ごめん」
『なんで幽が謝るんだよ』
 電話をしてみた。兄貴に、申し訳ないとは思いつつ、夜中。
 外と部屋の中の温度差のせいか、ガラスが曇っている。そこにいつしか同じようにやった、星座を描いてみる。オリオン座。他の星座の形ははっきりと思い出せないのに、幼い頃にこれだけは分かりやすくてすぐに覚えた。水滴の付いた指先でそのままきゅっと拳を作って、そして開く。特に何かあるわけでもないのに。
「そういえば兄貴、ベッド、新しいの買った?」
『あー、なんだかんだで忙しくて、買ってねんだわ』
 成長期にとにかく背が伸びた兄貴は、高校のある時期から、小さい頃から使っていたベッドの尺がとうとう足りなくなった。しかし言うのが憚られたのか、兄貴はそのことを親には言わず(自分にも言わないようにと口止めまでした)、自然と体を折り曲げて縮こまるように寝るようになった。一人暮らしをするようになり、やっと新調したと思ったら、どうやら依然として成長期だったらしい彼は更に身長が伸び、結果また尺が足りなくなった。以前部屋を訪れたときに眠っていた彼は、また縮こまった体勢をしていた。
 しかもその体勢は癖になってしまったらしく、いつだったか、家を尋ねたときにソファで寝ているのを見たときも、横向きで体を丸めていた。
 その体勢は寝苦しくないのかと尋ねたら、
『あー、慣れた。まあ、深夜に変な奴が乗り込んできたときに腹だけは守れるし、別にいいんじゃねえかって』
 と返されたのをよく覚えている。心配しなくても、兄貴を狙う人はきっといない。ここはやはり、以前のバーテン服の如く、自分が大きいサイズのベッドを買って送り付けるしかないかと最近は思いつつある。兄貴の部屋なら、まだスペースはあるだろう。
 そんなことを考えつつも、また窓の外の空を見て、ふと思い出す。

 2人揃って眠れなかった幼い頃の夜、両親を起こさないようこっそりとベランダに出て空を見ると、いつか見た星座早見にあった冬の星空のページをそのまま投影したような、無数の明かりが散らばった満天の空があった。手足も凍る寒さの中で呼吸を忘れて見入って、時間が経つのを無視して指差しながら星座の名前を当てていく、まるで距離なんてない、すぐそこにある暗幕に触れるように。
 近くにあるなら、触れられる距離なら、もしこの空が今、落ちてきたら?
 何にも臆することなく、世界のどこにいても繋がっている空が、もし落ちてきたら、逃げ場なんて、ない。
 そこまで考えて、そうなってもそれは仕方がなくて、それはそれで綺麗なのかもしれなくて、ありえないことだとも分かっていて、だけど少し怖くなって、咄嗟に横にいる兄貴のパジャマの袖を掴んだ。
 空が落ちてきたら、どうしよう。
 兄貴は少し訝って、うーん、と考え込んで、独り言のように言った。
『星って、本当はどんななんだろうな? 大きさとか、重さとか・・・』
 止める気でいた。
 ありえないことなのに、冗談では全くなくて彼は本気だったし、かといって、星座の話をしていたのに、自分も兄貴も肝心の星の実態は何も知らなくて、それなのにどうしてか、そのとき、兄貴の一言にひどく安心した。

 暫しの沈黙に気を遣ってくれたのか、兄貴は控えめの声で「幽?」と尋ねた。
「・・・兄貴は」
『ん?』
「もし空が落ちてきたら、どうする?」
 何年経ているのか知れない、昔と同じ問いをしてみる。何故だか少しだけ胸が高鳴っている。それが期待なのか、不安なのか。
 兄貴はやはり独り言のように、言った。
『星って、本当はどんななんだっけな? 大きさとか、重さとか・・・一回調べたことあんだけどよ、忘れちまったな』
 ま、調べたところで、漠然としか分かんねえんだろうけど。兄貴は言う。
 昔と変わらない答えに、ほら、期待でも不安でもない、安心。
 俺も、多分よく分かんないな。
 そう自分が答えると、お互い少しだけ笑い合った。
「そろそろ寝る、夜遅くにごめん。おやすみ」
『おう、気にすんな。おやすみ』
 兄貴が電話を切ったのを確認すると、自分も終話ボタンを押す。
 例えば、いつも言いそびれる言葉を今日は言ってみようと思ってはいたけれど、また今度にする。変わらないでいることで、いつだって言えるところにいるという甘えと安心のせいであるとは、分かってはいるのだけど。
 悠然と広がる暗幕と、地上を仄かに照らす光を湛える月が綺麗だ。電話機をそっと枕元に置く。曇りガラスの星座は消えかかっていた。
 しんと静まった闇の中で、まどろまずに空を眺める。眠りと切り離されて、夜の中でプカリと浮いている。
作品名:夜に浮く 作家名:若井