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夏川おんじ
夏川おんじ
novelistID. 12391
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華の散る場所

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森の中を一人の男が歩いていた。正確には二人。
 迷彩柄の忍装束の男に、赤い戦装束を着た男が背負われている。忍は猿飛佐助、彼に背負われているのは真田幸村と言った。
 共通するのは、二人とも満身創痍だということ。幸村の赤い装束は布地と血の境がまるでわからない状態だった。
 背負われ、佐助の肩にぐったりと頭を預けている幸村がぼそりと口を開く。
「なあ佐助」
 佐助はなに旦那、と答えたあと、あんま喋んないでよとついでのように付け足した。
「・・・お前、この戦が終わったらどうする?」
「どうもしねえって、俺様の主はアンタなんだから。今まで通りアンタについてくだけ。アンタが俺を解雇するってんなら別だけど」
 おどけるように言われた言葉に、幸村は息を吐き出すように笑う。
「はは、お前のように優秀な忍を手放すのは惜しいな」
 次いでふっと笑みを収めて、しかし、と続けた。
「しかし俺は、お前がついてくるに値する男か・・・?」
「真田が次男信繁様が、情けないこと聞かないでくんない?」
 佐助も表情を消して、それでも声だけはふざけるように、すかさず答えた。
 数秒の沈黙のあと、幸村は答える。
「・・・情けないか?」
「そりゃそーでしょ。良き将なら己のこともよく知って然るべし」
 佐助は厳かにそう言って、それから表情を緩めた。
「俺達真田隊は、真田じゃなくてアンタについてきたんだよ」
 そうか、という応えに、佐助はうん、と答える。
 幸村は目を伏せて、またも数秒沈黙した。
「・・・なら、皆にはすまないことをするな」
 ぼそりと呟くように零された言に、佐助は苦笑の色を滲ませて、それでも明るく答える。
「いーの。真田隊みーんな、アンタが無事に生きててくれることが至高の喜びなんだから」
 至高のよろこび・・・と幸村はオウム返しに呟いた。
「まあ俺様はちいっとばかし恨まれちまうかもしれないけどね」
 次いで佐助がおどけるように肩を竦める。その動きが僅かなのは、背負う幸村の怪我を慮ってのことであろう。
「なぜだ?」
「だぁってさあ、みんな大好き幸村様を独占よ?いくつ呪詛がばらまかれることやら」
 幸村はそうか、と静かに答えた。しばし辺りを静寂が包む。
 ざくざくと佐助が地を踏み締める音だけが続き、不意に幸村の呟きがそれを破る。
「・・・本当に・・・皆には、・・・すまないことをした・・・」
「そう思うならそれ以上喋るな。それとね、旦那」
 先とは打って変わって真摯な声で佐助が応える。
 そして真っ直ぐ前を向いたまま、言った。
「そんな顔すんな」
「・・・・・・見ておらぬではないか」
 憮然とした声を出す幸村に、佐助は変わらぬ態度で答えた。
「見てなくたってわかるさ。何年一緒にいると思ってんの?」
 さてな、と幸村は短く返す。
 そしてまた、辺りに地面を踏みしめる音だけが響く。
 二人ともが黙り込み、沈黙を破ったのはまたも幸村だった。
「・・・これから何年、共にいられるだろうな?」
 感情のない声音だった。
 それに同じように感情のない声音で、佐助がさあね、と返す。
「・・・ずっと、じゃないの?」
「死が・・・分かつまで、か」
 よく言ったものだな、と自嘲のような笑いを零す。
 そして幸村は呟いた。
 咽喉を震わせる程度の小さな声でも、背負い肩に頭を預けられている佐助には充分に届いた。

しかし俺は、それを望むよ。

 佐助は、沈黙を返した。



「・・・あぁ、旦那。見えてきたよ」
 森が開けてくる。鬱蒼とした木々に覆われ見えなかった月が姿を現し、行く手を照らす。
「旦那、見えてる?」
「・・・ああ」
「・・・旦那?」
 その声に、初めて佐助は訝しげに後ろを振り返ろうとした。しかし動きは当の背負う幸村に阻まれて叶わない。

「見えている。見えているさ、佐助―――」


 眼前に広がる大地は、薩摩の地。
作品名:華の散る場所 作家名:夏川おんじ