学級戦争
冷戦編
「何やってんの」
理科実験室ではクラス委員が何らかの粉末を計量していた。
「そういう君はどこから入ってきてるの」
臨也は窓の縁にいる。静雄から逃げる際、ちょうど窓の開いていた科学室へと入り込もうとしたのだが先客がいたために入れなくなった。否、先客がいようがいまいが入れたのだが、その先客が帝人だったために窓の縁にかけた足が動かなくなったのだ。
「まだ入ってない」
「じゃあどこから入ろうとしてたの」
足は室内へと進まない、しかし窓より外は宙だった、因みに5階である。臨也にとっては安全ではないが危険でもない高さだったが、ここで退くことを自尊心が許さない。それでも足は進まない。結果、まだ入ってはいない、正確には入れない、だが。
「それは委員長にも言えるだろ、鍵がかかってた筈だ」
声は震えていないと思いたいが、如何せん口調が固くなっているのは自覚せざるを得ない。
臨也は帝人が苦手だ。実妹2人も苦手だがそれとは違った方向性で苦手だ。関わりたくないと思えるくらいには苦手だ。対象に負傷させるために笑顔で躊躇いもなく自分ごと爆破する気味の悪いその本性はどうしても許容すら出来ない。
「外注したんだよ、錠破りを」
愛すべき人間とは認められず、しかし忌避すべき化物とも異なる得体の知れない存在は臨也の方を見向きもせず、計量した粉末を鉢で混ぜ合わせ始める。
「犯罪だ」
「侵入したっていう点では君も大差ないよ」
「だからまだ入ってない」
「入るかどうかはっきりしなよ」
言葉に詰まる。ザリザリと粉を混ぜる音だけが室内で響く。足はまだ動かない。
「……君なんかと同じ空気吸いたくない」
「じゃあさっさといなくなれば」
尤もだが退く機は逃してしまって自尊心ばかりが残る。退くに退けない。
「最初の質問に答えろよ、何やってんの」
「火薬作ってるの。気が散るからとりあえず黙って」
帝人は火薬を鉢から数枚の薬包紙へ振り分け、クルクルと丁寧に巻いていく。
「手が滑って事故でも起こせ」
「そうならないように実験室でやってるんだ、防火対策されてるから」
「備品泥棒」
「材料は自分で買ったよ、場所と器具を借りただけ」
「危険物持ち込み」
「材料の時点ではそんなに危険でもないよ」
トントン、と既に塞がれた片側へ中身を詰めると、もう一方の端を捻り、破れていないかを確認し、それを箱へと収める。
「爆弾魔」
「そうかもね」
否定せずもせずに火薬を詰め、紙の端を捻り、確認しては箱へと収める。
「誤爆して死ね、キチガイ」
トン、と最後の1つを箱へ収めてしまうと、ゆらり、とその顔が臨也の方へ向いた。
「――――死ね、なんだ? 殺す、じゃなくて」
「…………は?」
「そういえば折原君がそう宣言したのは聞いたことがないね」
その箱を内ポケットへとしまい込んだと思えば、その手には小銃が握られている。それをエアガンだろう、と思いながらも臨也は咄嗟にナイフを構えた。しかしその銃口は未だ向けられていない。
「卑怯者、もしくは惰弱者」
だというのに足だけではなく身体まで動かない。大してしない筈の靴音が、やたらと誇張されて臨也の耳に届く。
「自分の手を汚す覚悟もないんだね。それなのに相手に死ね、なんて怠慢じゃないかな」
距離にして1メートルを切ったところで帝人はようやく銃を構えた。この距離で外すことは恐らく、ない。慣れた様子で撃鉄を起こす。
「そんな玩具で人は殺せないよ? そもそも弾も入ってないんじゃない?」
臨也は笑っていたが、指が引き金を引いた次の瞬間にダン、と音がして窓の下、コンクリートの部分に弾頭がめり込んでいた。
「……銃刀法違反」
「君だってそうじゃないか、ナイフなんか持って」
カン、と空薬莢が床に落ちる。再び撃鉄を起こすと銃口は臨也へと向けられた。
「でもまあ君の言う通り、殺傷力は低いから狙うなら――――」
照準は臨也の左目へ。最奥の見えない銃口がその影になった帝人の右目と重なり、まるでその眼球が銃口になったかのような錯覚に陥る。ありえない、と思いつつも反射的に半歩退いた臨也の身体は
「――――あ」
何もない宙へと傾いた。
幸いにも落下点は植え込みで掠り傷で済んだものの、通りかかった級友の1人には爆笑され、1人には呆れられ、最後の1人には先程の恨みとばかりに追い回された。