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火照り走る青春(あなたのことが大好きです!)

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ビルとアスファルトのあいだに挟まれた夕焼けで赤く染まる空間に向かって「大好きだよ!」と叫ぶ。涙目で振り向いた君はあほみたいなまぬけづらで、指をさして笑う。笑い声が反響して空に消えたあと、突然に訪れた沈黙と羞恥に俺はうしろも振り返らずに走り出す。影が延び切るその前に速く、速く。「なあ、・・・!」君が何かを叫ぶ。それを後ろ頭で聞きながら、俺は前も見れずに自分のちいさな爪先だけを見詰めて、ただ、走った。



侑士に好きなヤツがいるのはしっていた。
まさかそれが男だとは思いもしなかったが。しかも、おんなじクラブのヤツだなんて。
「しゃあないやん、好きんなってしもたんやも」
開き直ったかのようなその態度に大げさにため息を吐いてみせる。誰のだかしらない机に思い切りもたれかかって、「どーすんの」と聞いてみる。
「どーするって・・・そやなあ」侑士はすこし考えるようなそぶりを見せたあとでこう言った。
「とりあえず見守るかな」
「どうやって」
「こう、ひっそりと」
「ストーカーじゃん!」
「ちゃうわ愛じゃ!」
「侑士きもい!」
きもいってそんな、ひど!とかなんとか抜かす眼鏡にさっきまで食べていたメロンパンの空き袋をべし、と投げつけて俺は足をぶらぶらさせながらさっきまでの姿勢に戻る。
「てゆーか侑士さ、」
「ん?」
「告白しよーとかそーゆー気概はないわけ」
侑士はすこし迷うような困ったような微妙な表情を見せた。眉間をかるく寄せてほほえんでみせる。
「ないよ」
「なんで」
「んー・・・なんでって、色々」
そこで俺はすこし悲しい気分になる。侑士にとって俺は、ここでまだごまかされるような、そんな存在なんだなと思って。ジュウウウウ、と下品にミックスジュースの残りあとすこしを思い切り吸い込んでから、俺は侑士の目を見て言う。
「すれば、告白」
「えー?」
「えー?じゃなくてさ」
すれば、もういちど言うと、んー、と言いながら侑士は目を伏せた。居心地がわるくなったときの侑士のクセだ。正確にいうと、ちょっとごまかしたいときの。侑士はポーカーフェイスだとかなんだとかって言われてるけど付き合ってみると結構わかりやすい。大体いつでも自分に類が及ばないようにごまかそうとして笑うから、ぱっと見何考えてるかわかんないなんて思われるだけだ。ほんとは侑士はたくさんの顔を持っている。ふだんあんまり使わないっていう、ただそれだけの話だ。そんな侑士のいろんな顔を俺がいちばんしってるって、優越感にひたってるなんて、それがすごく嬉しいだなんて、誰にも言わないけどさ。ミックスジュースの最後のひとくちをジュッと吸い込んで箱をべこりと潰す。「すればいいじゃん、告白」ほんとはしなくていいけど、「もしかしたら上手くいくかもしんねーよ?」侑士のそんな顔長いこと見てたくないんだよ。「当たって砕けて来いよ」と8割本気で焚きつける。



そして侑士は当たって砕けた。
あの日放課後、「好き、付き合って」のふたことを言いに想い人に会いに行って、見事に玉砕した。答えはあっさり「ムリ」だったらしい。きもい、と言わなかったのはそのひとなりのやさしさなんだろうか。さすが侑士が好きになったひと、とか言っておく。俺ならたぶん「きもッ!」のひとことで片付けちゃうから。ムリだと言われた侑士がどんな顔をしたのか俺はしらない。笑ったのかもしれないし、泣いたのかもしれない。いつもどおりのあいまいな表情を浮かべて「そう」とでも呟いたのかもしれない。けれど、ひとつだけわかるのは侑士が心からそのひとのことを好きだったんだろうなあということだ。だって校門前で待ってた俺の前にあらわれた侑士は笑いながら泣いてたから。

やっぱムリやったわあ、と笑う侑士に何も言わず、ただ隣をだらだらと歩いた。空がやけに赤くて、夕日がまぶしかった。侑士が隣で泣いている気がした。そんな侑士に飛び蹴りを加えると、ぐあッとか言いながらよろけた侑士が「な、なに?!」と俺のほうを見上げた。俺は大きく息を吸い込んでこう叫ぶ。「大好きだよ!」



言っちまった。それが俺の最初の感想だった。侑士は目を丸くしてこちらを見ている。やっぱり泣いてたのか、その瞳には涙が浮かんでいる。それを見ているうちに、俺はいたたまれなくなった。言っちゃった。やばい。どうしよ。だけど段々その状況に、侑士のそのまぬけづらに、ふつふつと笑みがこぼれてきて、最終的に侑士の顔を指差して笑った。はははは、はは、は、と笑みが段々にちいさくなって、俺はまたも顔を伏せる。やっぱりダメだ。いたたまれない。気づくと俺は駆け出していた。とにかく遠くへ、速く、速く。「あ、なあ、・・・!」なにか侑士が叫ぶのが頭の後ろで聞こえたけれど、俺は振り向くことが出来なかった。明日からどうしよう、そんなことを考えながら、今きっと赤く染まっている頬は夕日のせいにして、俺は自分のちいさな爪先だけを見詰めて、ただただ、走り続けた。