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天の川は飛び越えるためにある

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夜風につられて、真っ直ぐに伸びた笹の葉がさらさら揺れる。パンダの餌として有名な葉はこの時期だけ、夏の風物詩として色とりどりの短冊で飾り立てられる。
 大都会である池袋も例外ではない。
 ビルが我先にと言わんばかりにそびえたっており、とぐろを巻いたかのような高速道路は人々から夜空を奪った。街にひしめくネオンには、星たちのか細い光など敵わない。しかし、池袋にとって恋愛に現をぬかしたあげく離れ離れとなった夫婦のことなど、どうだっていいのだ。大事なのは七夕というイベントであり、一週間もすれば忘れるであろう願い事を書いたという体裁である。
「お、七夕か」
 露西亜寿司の店先には、小ぶりの笹が色とりどりの色紙を舞わせていた。田中トムは後を黙って歩く池袋の喧嘩人形 ―――平和島静雄を振り返った。
「どうだ。何か書いて行かないか?」
「いいっスね」
 一般の人よりも頭ひとつ分飛びぬけており、恐らく誰よりも怒りの沸点が低い男は、こういうイベントを好んでいる節があった。
 寿司食べろと連呼する男、サイモンに軽く挨拶をして短冊を二枚貰った。青と赤色をした折り紙は、手を離せば一瞬で池袋の雑踏にまぎれてしまうのだろう。
「ヴァローナもつれてこれば良かったですね」
 サングラス越しに、静雄は目を細めて夜空に舞う短冊を眺めている。田中トムの目線の辺りには、高校生から上の世代の願い事がゆらゆらと舞っている。
 “彼氏募集中”を掲げたピンクのものに、“新しい携帯欲しい”なんて願望も。“池袋を平和な街にします”という宣言もあれば、“みんなでまた笑えますように”なんて健気なお願いごともある。これだけあれば、叶えるもの大変だ。
「そうだな。ま、次の機会につれてきてやればいいさ」
 次の機会があるのかはわからない。池袋という街はたしかなことが見つけづらい、混沌に満ち溢れた街だ。情報が氾濫する現代社会では確かなことなど何もない。だが、一々感傷に浸っているほどの時間もない。
 持ち歩いているボールペンで、躊躇いなく書ききった。願いごとは“良い女が現れますように”。思いついた願望をただ書き記しただけだが、意外と切実な願いだ。さてどこに掛けるかと目線を下にやると、真白なキャンパスを持つ子供たちの願い事が飛び込んでくる。
 アイドルになりたい、ウルトラマンになりたい、お母さんに帰ってきて欲しい等など可愛らしく拙い文字で一生懸命書いてあるが、その中で異質な短冊がぶら下がっている。
黒色の短冊に修正液で書いたらしい白色の大きな文字で、強くなって静雄お兄ちゃんを殺せますようにと物騒なことを書いている。しかも、茜という名前付きだ。ちなみに物騒というのは書いた子供ではなく、平和島静雄に喧嘩を売ったことが物騒なのだ。
「どうしたんスか」
 中学生のころよりも遥かに伸びた身長を屈めて、静雄はトムが覗き込んでいた物騒な殺人予告に目を通して、僅かに口元を緩めた。
 平和島静雄に喧嘩を売って、尚且つ彼を沸騰させないのは幼い彼女以外いないだろう。静雄は壊れ物に触るように短冊を笹からほどいて、笹の一番てっぺんに結びなおした。自殺希望者にしては、彼の表情は穏やかだった。
 笹のてっぺんには、今しがた静雄がつけた黒の短冊と、先客である赤の短冊が寄り添うように揺れている。
「そういや、おまえはなんて書いたんだ?」
 ああ、と静雄は目を細めた。
「幽が大きな仕事取ったんで」
「そうか」
「うす」
 コンクリートジャングルからは厚い雲で覆われ星は見えない。旧暦の七月なら晴れていただろうが、残念ながら梅雨真っただ中で空がいつ泣きだしてもおかしくはない。
「良かったらトムさんのも一番上に結びますよ」
「あー、おれはいいべ」
「そうっすか?」
「いいって。もう満席だろ」
 茜の、そして弟の成功を願う短冊には喧嘩人形の情が込められているようだった。俗っぽく思いついたことを書いたトムの願いともいえぬ願望を笹の頂上に飾るのは気が引けた。
 わかりました、と静雄は笹の上へと手を伸ばした。
「静雄?」
 伸ばされた手は、まるで人形のぜんまいが切れたように笹に届く寸前でピタリと止まっている。目線は赤い折り紙へと注がれており、サングラス越しの目は猛獣のように細められ、口元には不気味な笑みすら浮かべている。
 比較的穏やかだった表情が、紙切れひとつで静雄のメーターは振りきれてしまった。今日は珍しく怒りに震えることなく家路に帰れそうだったのだが。
「トムさん。今日の仕事、あといくつ残ってるんすか」
 さきほどの子供を愛でていた声を打って変わって低く、怒りをこらえている静雄はまだ成長したと言えるだろう。彼は一時的でも怒りを我慢できれば、忘れることが出来る。人間の感情の中で最も持続しないのが怒りなのだから。
 都会の真ん中で円の描き続ける電車に今すぐ乗りたいはずだが、静雄は物騒なことを呟きながらどうにか飛び出すことを耐えている。そっと見上げると、そこには整った文字で“シズちゃんが死にますように”とお願いされている。あの情報屋が本気で星空の夫婦にお願いごとをするわけがない。明らかに静雄を挑発するためだけに書かれ、彼の身長に合わせて飾られたものだ。
 トムと同じくらいの身長で静雄の身長に合わせて飾りつける情報屋を想像するとどこか滑稽だった。プライドが高すぎるくらいの男なのに、よくもまあ嫌がらせという子供っぽいことのために行動出来るものだ。
 ここで上司であるトムが、仕事は残っているといえば、静雄は新宿へと飛び出さないのだろうか。緊急の仕事は入っていない。明日に回そうと思えば回せる仕事しかもう残っていない。
 七夕という日は、天の川に橋がかかるから二人が会えるのだ。
(俺は鳥役かっての)
 静雄が聞いたのなら生きてはいられないであろうことを考えつつ、ひとつ頷いた。ここは静雄の将来のためにも、我慢を覚えさせるべきである。急がないにしても、ここで彼を甘えさせるのは得策ではないだろう。
「しず」
「ちょっと臨也の野郎をぶん殴ってきます。すぐ戻りますんで」
 仮にも上司の決意を気にも留めずに、そして返事を待たずに池袋の人ごみに静雄は紛れた。上司のためか自らの鬱憤のためか静雄は常時よりも速いスピードで駅の方へと向かっていく。
「やっぱ、そうなるよなあ」
 静雄の高校時代のことは噂でしか知らない。彼は大嫌いな情報屋の出会いなど思い出すのもおぞましいらしく、彼の口から語ったことはない。
 だけど学生の本分である勉強はおろか遊びも、青春すら喧嘩に奪われてきたに違いない。神がいるのならきっと、天上で逢引きをする織姫らのように、川で分断していただろう。それほどに彼らは彼らにかける時間が多すぎる。彼女たちと違うのは、両想いの感情が好きか嫌いかだけだ。
 だけど、静雄には
「橋を架ける必要もねえな」
 川があっても、たとえ燃え盛る炎であっても彼の怒りに勝るものはない。むしろ神が尻尾を巻いて逃げだすに違いない。
 見上げれば、情報屋の願い事の上に大きな黒マジックで“てめえが死ね”とデカデカと上書きされており、トムはその子供のような掛けあいに、思わず笑った。