戦争のお時間 2
いつも通り。足元に最初だけ威勢の良かった不良共を転がして、静雄は穏やかな日の光を仰いだ。青い空。喧嘩をした後は決まって、なんとも言えないような空虚感に襲われる。それを癒してくれるのは唯一の青い空だった。
こうして毎日のようにする喧嘩は静雄に何の満足も与えない。ただ襲いかかってくる邪魔な者たちを薙ぎ倒しても、何も生まれない。それがどうしようもなく空しくて、静雄は深く息を吐いた。
どうせコイツらは臨也の手先だろう。面識はないとしても、アイツに操られてやってきたことは確かだ。コイツらの下手なプライドや優越感を利用して静雄に差し向けたのだ。まるで、使い捨ての駒のように。
「気にいらねぇ…」
そいつらを動かし、高みの見物をする鈴也も。バカみたいに立ち向かって倒れていく不良どもも。暴力なんて嫌いなくせに、我慢が効かなくて殴ってしまう自分も。
「あぁ…くそっ…今日はもう帰るか…」
青空に語りかけた。誰も返してくれる人はいない。分かっているけれど、そう呟いた。
「──どこへ帰るんですか?」
答えは帰ってこないはずだった。静雄は青空に語りかけ、そして──。
「どこへ、帰るというのですか?」
まぎれもなくソイツは青空だった。
澄みきった青い瞳。穢れも汚れも知らなさそうな、大人しそうな相貌。穏やかな微笑みに静雄は一瞬意識を奪われた。
「平和島静雄さん」
「……誰だ、テメェ」
青空から視線を外して、少年のまっすぐな瞳を見詰めた。吸い込まれそうなくらい大きな青い瞳。気に食わないアイツとは正反対の色に知らずのうちに拳から力が抜けていく。不良の残党ということではなさそうだ。彼の手には武器も何も握られていない。そして、その少年は誰かを殴るようにも思えない。
「竜ヶ峰帝人です。はじめまして、ですよね」
「何の用だよ。俺は今から帰るんだ。さっさと用件を…」
「結構です。貴方はおそらく何も知らないでしょうから」
「は?」
「ですから、結構です、と言っています」
同じ微笑み。けれども先ほどのものとは全く違った顔つきだった。口元は笑みを浮かべているのに、瞳に宿るのは凍りつきそうなほどの、冷たい視線。笑顔のくせに、どこか無表情なそれに静雄は体が強張るのが分かった。
畏怖?誰にも負けない力を持つ、俺が?
「《ダラーズ》を知っていますか?」
「……ああ」
「その創始者は私です」
「あァ?」
「そしてそこに転がる人たちは《ダラーズ》。誰かの口車に乗せられて、喧嘩もしたことがないような人たちが貴方に恨みをもって、そして返り討ちにされた方々です」
「なん、だと」
「いいえ、貴方は何も知らなくていいです。考えてもいないでしょうから…あなたはそのままでいいです。ただ──」
竜ヶ峰帝人と名乗った少年は淡々と言葉を述べ、さまざまな言葉に翻弄された静雄をじっと見つめる。そして胸元のポケットへ手を伸ばした。なおも、瞳は冷たく暗い色のまま。
「──あなたは被害者ではない。その人外な力を持つゆえに、あなたはいつでも加害者だ」
す、とポケットから何かを抜きだす。静雄は帝人をじっと見据えたまま何も言わない。いつもならば、手を出してくる相手になら殴って気絶させて終わり。何もしてこないなら無視して通り過ぎるだけだ。
だが、それが出来ない。それを、させない何かがある。
凍りついた空気の中、再び時間の流れを戻したのは゛カチリ゛という音だった。聞きなれた音だった。
「そんな貴方は哀しいです。同情さえします。ですが、貴方は知ることも必要だった。知らないが為に被害者であるということは有り得ないんです」
「…何が言いてぇ。喧嘩なら買うぜ」
「簡潔に言います」
カチリ
「──私(ダラーズの理想)の邪魔をしないでください」
カチリ。それは聞きなれた、ボールペンの音だった。