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エイローネイア / サンプル

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(本文より一部抜粋)


 俺は肩をすくめて立ち上がる。
 はは、怒っちゃった。俺のこと殴ろうとしたけど出来ないんでしょ。コーラ、飲んじゃったもんね。俺の友達のさ、首無しフェチの闇医者にもらった薬だから、しばらく動けないよ。
 この部屋は延長しておいてあげる。動けるようになったら、勝手に死ねば。
 ありゃとやっしたー、なんて呂律もろくに回らない、脳味噌も前歯とおんなじくらいシンナーで溶けちゃってんじゃないのって感じの店員の声に送られて店を出る。場末のカラオケボックスのバイトなんてそんなもの。部屋に染み着いた煙草の臭いがコートにまで移っていそうで俺はそれをゴミ置き場に放り投げた。酔っぱらいのゲロにまみれるか適当なホームレスに拾われるか。あるいはその両方か。
 俺は人間を愛している。人間という存在を心の底から愛して愛してやまない。愚かで矮小な人間が好きで好きでたまらない。愚かで矮小な、ろくでもない存在である人間が愛しくてたまらない。俺は人間を愛していることに誇りを感じている。
 どんな人間でも総じて慈しんでみせる。顔をしかめるほどの腐臭漂うこの街で、醜く地べたを這いずり回るような人間だって。だから死ねばいいよって背中を押してあげる。コートも捨ててあげる。
 反吐が出るような男だとよく言われる。そうだろうか? これは俺が愛情を真っ直ぐに示した結果であり、他の一般的なみなさまが自分で飼っている犬や猫を可愛がるような、そんなごく普通の感覚だと思うけれど。
 まぁそんなことはどうでもいい。カラオケボックスを出た俺は適当にぶらぶら歩いて暫定的な住居であるところのマンションに帰ろうと思っているんだけれど、どうにもおかしい。
「こいつは……新しい」
 確かに歩いてはいる。だけどどうにも距離感が掴めなくて、電信柱やポストにぶつかりそうになる。ポストがぶつかってくるんじゃない。だって今は別に静ちゃんに追いかけられているわけじゃないから。
 少し、困ったことになった。

 右目が、見えなくなっていた。
作品名:エイローネイア / サンプル 作家名:東雲