名前を呼ばれた
畳に足を伸ばし、背負いの薬箱に肘を置いて凭れ、キセルを燻らす男が一人。
薄暗い部屋の中と違い、すっかり日の上った窓の外へとふぅと小さく紫煙を吐き出す。
窓の目前に植わった紫陽花の、夏色を帯びた日差しに焼かれた鮮やかな青と、昨日の雨露をその身に残す深緑の葉とをしばし堪能した男は、
窓と反対――土間の方へと顔を向け、忙しい、忙しいという呟きでも漏れそうな程に、
先程から彼の前をパタパタとせわしなく行き交い立ち働く娘に声をかけた。
「……加世、さん」
「はいはいっ!」
「お加世……さん」
「なんですかぁ-? 薬売りさん」
「…………」
「むぅっ、急ぐ用事でないんだったら私、外にこのお布団干して来ますからねっ!」
「………加、世」
ガタタンッ!
「あぁ……大丈夫かい? ……加世さん?」
「うぅっ! 薬売りさんが……おまえ様がいきなり変な事言うからでしょうが!?」
「……あ、あぁなるほど」
これはこれは。思っていたよりもずっとずっと。
「……恥ずかしい、もの、ですねぇ」
「な何、眼を逸らして耳まで赤くしてるんですかぁ! ていうか、みてないで助
け起こして下さいよぉ-」
「……いいん、ですね?」
「薬売りさん……今、ちらりとお布団見ましたよねぇっ? ていうか、何で断定
口調なんですかぁ?」
「……据え膳食わぬは……でも、俺は別に……ねぇ?」
「一人で不穏な事を呟いて同意を求めないっ! それに据えられてませんってばぁ-、
上がり縁に躓いて、取り落としたお布団の上に倒れ込んだだけですよぉ! お天道様もとっくに上まで上ってますし、ねっ、ねっ!!」
「ほう……昼でなけりゃいい、と」
「言ってませぇ-ん!!」