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この手に在るもの episode.0

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もし世界が崩壊する時には、
傍に居なくてもきみを想うよ。




「なあ大佐、こんな話あんた知ってるか?」
 東方司令部の一角にある、ロイの執務室で備え付けのソファに寝そべりながらエドはおもむろに問い掛けた。当の部屋の主は、エドが訪れる前からソファに座り休んでいたところにエドがやって来て、尚且つ自分の上からうつ伏せて寝そべってくるものだから、先ほどから小一時間身動きがとれずにいる。しかし、そのことに別段気を悪くした様子もなく、ごくごく普通に膝の上にあるエドの髪を弄びながらのんびりと返事を返した。
「どんな話だね」
 エドは読んでいた本から目線を上げ、上目遣いでロイの顔を仰ぎ見る。
「あんたの大事な人二人が崖っぷちに立っているとする」
「……それはどうしても二人でないと駄目なのかね?」
「あ?どういう意味だよ」
「いやなに、私は他の者より〝大事な〟枠が広いようでね。たった二人には絞ることは難しいのだが…………」
 至極真面目な面持ちで悩み始めるロイに、エドは呆れた表情で投げ遣りに返した。
「あ、そう。その辺は俺的にどうでもいいよ。とりあえずさっさと絞ってくれ」
「おや、必ずしもきみに関係がないとは云えないと思うが」
「どういう意味だよ」
 思わせぶりに呟くロイに、エドはちろりと睨み上げる。その猫のような大きな眼を半眼にし、警戒心剥き出しで窺うくせに、相変わらず身体は投げ出したままの無防備そのもので、そんな態度と裏腹な状態のエドにロイは苦笑った。笑うついでに少し屈んで、綺麗に編みこまれた髪に軽くくちづける。
「云わなくても、わかってるんだろう?」
 髪に唇を当てたまま視線をエドへと向ければ、その眼にあてられたエドは慌てて視線を本へと戻した。
「…………わかってたまるか、そんなん」
 もごもごと減らず口を叩いてはみるものの、後からでも見える耳頭を赤く染めていては本心がどこにあるかなど丸分かりである。
 もう少しいじめてみたい気もしたが、結局止めて話の続きを促すことにした。
「それで?二人居たらどうだというんだね」
 エドはずれていった話を思い出して、
「その二人は今にも崩れそうな崖の上に立ってて、早く助けないと真下の海に落ちてしまう。けれど、大佐が助けられるのはたった一人だけ。あんたなら、どっちを選ぶ?」
 非常に曖昧で、目的のわからない質問である。その質問の意図は、一体どこにあるのだろう。
「鋼のはどう答えたんだ?」
「俺?俺はー……その…………」
 次第に尻すぼみになっていくエドを根気強く待っていたら、その沈黙に耐え切れなくなったのか叫ぶように、
「選べなかったんだよっ!悪かったな優柔不断でっ」
 きっと生真面目な彼は正直に大切な者を選んで、真剣に悩んだに違いない。結局答えられなくて、待ちくたびれた出題者――恐らく弟のアルフォンスだろう――の時間切れが来たに違いない。こういう、心理テストのような質問は直感で答えるべきで悩んで答えるものではない。それはわかっているんだろうに、つい真面目に考えて悩むのは心が優しい証拠だ。
 ロイはそんなエドを見て笑みを深めると、ふと、自分はどうかとかえってみる。
 大切なもの。
 今自分にとって重要なことといえば、一日も早く大総統へと躍進すること。これは必ず叶えなければならない悲願でもある。そしてもう一つは――――。
 ちらりと膝上の人物に眼をやり、偶然眼があったので誤魔化すように逸らす。エドが不審そうな表情で見上げてくるが、それには気付かれないように眼を合わせず考えている振りをした。
 もし、この両者のどちらかしか手にすることができないというなら、自分はどちらを選ぶのだろう。
 珍しく考え込んでいるロイを見て、エドは意外な気持ちでその真剣な表情を見つめた。こんな子供騙しのような質問で、彼がこんなに悩むとは思わなかったからだ。
 ぼんやり眺めていると、何かを思いついたのか俯きがちだった顔を勢いよく上げ、一人満足そうに頷いている。どうやら彼の答えは出たようだ。
「答え、出たみたいだな」
「ああ、出た」
 酷く満足そうな笑みに、それがどんな選択だったのか聞いてみたい気もしたが、エドはあえて、そうか、と呟くだけで答えは聞かなかった。
 ロイはそんなエドを見て、こっそりと苦笑う。
(聞いてきたら、答えてやろうと思ったんだが)
 子供のくせに意外と気を使う性質の彼は、他者に対する引き際というものをよく知っている。
(もしどちらかしか手に入れられないというならば)
 自分は迷わず野望を取るだろう。
 どちらも計りにかけるものではないことは判っていて、比べるものでもないことは承知。
 とりあえず目先の〝必ずしなければならない仕事〟を優先するのは当然のことだ。プライベートはその後でゆっくりと味わうのが自分の流儀。
(それに……)
 ロイはすでに意識が本に戻っているエドの顔を上から見下ろして、眼を細める。
(おまえがそう簡単にくたばるわけがない)
 負けん気としぶとさは折り紙つき。むしろ下手に手を出せば余計なこととこちらが怒られる。
 その様子がありありと思い浮べられて、一人含み笑う。
 どれだけ見守ってても、いつの間にかすり抜けて知らない場所に行ってしまうから眼が離せない。でも、こんな二者択一じゃなく、たとえば世界が滅びさる瞬間に傍にいなくても、きっと自分は彼のことを思い浮かべるだろう。
 そんな自分の答えに酷く満足して、ロイは軽くエドの髪をひっぱり名を呼んだ。
「鋼の」
「なんだよ大……」
 振り向いた顎に軽く指を当て上向かせ、洩れる言葉も吐息ごと吸い取るように、くちづけた。