名前を呼んで
彼が立つ湖のほとりよりも向こうに有るのはただ、みずみずしい草原と地平線ばかり。
緑と空色の真っ直ぐと交わる彼方から吹くみずみずしい匂いを含んだ風が、瞑目する彼の均等に分けた黒い前髪を後方に揺らし。
『骸さま、骸さま……』
ひうひうと鳴る風に混じる甘い声に、青年はうっすらと眼を開ける。
『……何ですか、僕のクローム』
『いえ……呼んでみた、だけ……』
『そう、ですか』
『………』
『………』
『……骸、さま。まだいますか?』
『おまえが呼ぶならね。可愛いクローム』
『そう、ですか……』
『………寝付けないの、ですか?』
『………はい』
『あぁ、だから来れないんですか……。
ねぇクローム、どうしたら安心して眠れますか?
生憎僕は……添い寝どころか、手を握ってやる事さえ出来ません。歌でも……』
『……名前』
『名前を?』
『呼んで下さい……いっぱい。そしたら……きっと……』
『それだけ………ですか?』
『それだけ…………です』
『クフフ、分かりましたよクローム。――その代わり』
『?』
『――僕の、名前も呼んでくれませんか?
おまえ達が呼んでくれると、安心するんですよ。――六道骸が何なのか、
何を成し、何を守るかを、忘れないで済みますから』
あぁ、私よりよっぽど強いこの方も、同じ気持ちだったのかと、妙に納得がいった。
私の……名前。この人が居なかったら、無かった名前。
『わかった……骸さま、むくろ、さま』
『いい子ですねクロームは、可愛い僕の……クロームは』
――そうして寝入り、逢瀬の時。