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【サンプル】 アガパンサス

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正臣へのメールを送ってすぐ、沙樹は臨也の事務所近くのベンチに腰を下ろした。自販機が隣接されているそこは、本来ならジュースを飲む人が使うべき場所だ。だが、使いたい人が使う場所として街の中では定着しており、実際、何も買わずに中高生が陣取っていたりもする。そんな場所に落ち着いてすぐ、正臣からの着信を知らせる音が鳴り響いた。
「もしもし?」
「沙樹?」
「うん」
「用事、終わった?」
「うん、終わったよ」
 他愛のないやり取り。聞かれたことに答えるだけの会話だが、新鮮な会話だ。
「そっか、お疲れー。今どこいんの?」
「池袋だよ」
「え、まじ?」
 驚いた様子で話す正臣に、沙樹は思わずクスリと笑ってしまった。その様子を気にすることなく、正臣は話を続けた。
「…おいおい、危ないぞ? もう結構暗くなって来てるし、場所も場所だろ?」
「平気だよ。慣れてるもん」
「慣れてるとかそういう問題じゃないだろー。田舎ならともかく、池袋とかマジやばいって」
「そうかな?」
「そうだよ。今、池袋のどこいんの?」
「えーっと…」
 少しの苛立ちを含む声に、一瞬びくりと肩がすくむ。けれど、その後に続く言葉でそれは苛立ちもあるが、根底には心配という感情があることを読み取ることが出来た。どこにいるか、という質問は即ち、今までどこに行っていたかを教えるようなものだ。臨也の事務所に行っていたことに、後ろめたさは微塵もない。だが、自分の逃げ場を晒すようで、沙樹は思わず嘘をついた。
「サンシャインの近く…かな」
「分かった。じゃあその辺着いたら連絡するから、人の
多いとこにいろよ」
「え…」
「一旦切るぞー」
 その言葉を最後に、プツリと通話が切れる音が沙樹の耳に届いた。不思議に思いながら、沙樹は言われた通り、サンシャインの中へ向かって足を進めた。

 程なくして、正臣からの着信が入った。沙樹は現在地を伝え、正臣はそこへ走ってやってくる。肩で息をするほどではないが、それでも少し疲れた様子が見えた。
「大丈夫?」
「んー、大丈夫大丈夫。沙樹こそ大丈夫?」
「なにが?」
「変なおっさんに声かけられたりとか、変なおっさんに連れて行かれそうになったりとか、そういうの」
「ないない。大丈夫だよ」
「ならいいけど」
笑いながら返す沙樹に、正臣は苦笑しながら手を差し出
した。それを不思議そうに眺める沙樹。そんな沙樹に苦笑しながら、正臣は沙樹の手を取った。
「どうしたの?」
 突然繋がれた手に、沙樹は少し驚いた様子で問いかけた。その問いかけに正臣は何でもない様子を装って答えた。
「んー、手、繋ぎたかったから」
「なら言ってくれればいいのに。急にされたからびっくりしちゃった」
「ごめんごめん」
「悪いと思ってないでしょ」
「ばれた?」
 顔を見合わせて笑いながら、二人は池袋駅へと足を進めた。
「送ってくれるの?」
「そのつもりだけど…駅までのがいい?」
「うん。電車、乗らなきゃいけないから」
「そっか。じゃあそこまで手、繋いで行こっか」
「そうだね」
 言いながら、沙樹は触れるだけだった手と指を正臣の
それと絡める。より繋がりが深くなるような行動に、正臣は軽く自分の方へと沙樹を引き寄せる。寒くもないの
に体温を分け合うような行動に、互いに笑顔を見せる。寄り添うように歩きながら、二人は池袋の駅を目指した。