土の底で
サマルトリア王国、王子コナンは隼の剣を逆手に構えると、動けない隙を見て飛びかかってきたもう一匹のドラゴンへ、出鼻をくじく痛烈な突きを見舞った。右目から脳まで貫き通されて、ドラゴンは鈍い呻きをあげながら崩れ落ちていく。血を吐きながらがけ下へ落ちようとするドラゴンは、真っ赤に滴る血を吐き出すように口をあけ、次の瞬間、口蓋から猛烈な火炎を放った。
「うわっ」
とっさに力の盾で体をかばったが、はみ出た左肩が一瞬で焼けあがる。とっさにベホイミを唱えて、すぐに、魔力の足りなさに気づいてホイミと言いなおした。
少し離れた場所ではムーンブルク王女セリアを庇いながらローレシア王子アレンがキラーマシン3体と死闘を繰り広げている。盾の出る間などない、刃と刃のぶつかる澄んだ音が音楽のように続いている。すさまじい剣速の応酬だった。
音の響きは優雅だが、それが止まった瞬間、どちらかが死ぬ。鋼鉄の人形は無駄な行動も守備もなく、ひたすら人間を切り刻もうと刀を突き付け、アレンはそれを剣で跳ね飛ばす。盾は使わない。使って止まれば、その間に別の二体が横から、背後からセリアを襲うからだ。
技量など超越した速さと力で刃を振るう鉄の人形に取り囲まれ、青い勇者は中央で剣を手に踊り狂っている。
コナンは急ぎ彼の加勢に向かおうとした。痺れて痛みの来ない左足を引きずり、右手で壁をつかんで体を前方に押し出す。利き足の右が無傷なのは幸いだった。
小石に左の靴がひっかかり、激しい痛みがつま先から頭まで駆け上る。痛みのあまり声も出ない。衝撃で、潰されていた血管が開いたのだろう一呼吸置いてから、ジワリと赤いものが靴底と皮の境目から滲みだして、石床を濡らしだした。出血はだんだんと勢いを増して、コナンが通った後に大きな血だまりを作る。だが長旅で怪我にも慣れた身、しなない程度を見極めて無茶をできる程度には場馴れした。
自分が、このロンダルキアへの洞窟を渡るに相応しくない劣った戦士であることもわかる。
もはやロトの血筋や3家の絆という美名ではごまかしきれないほど、コナンの力量不足は明確で、足手まといのコナンがもたらす苦戦、道具や薬草の消耗は洞窟をすすむごとにアレンとセリアを無口にさせていた。
「アレン!」
せめて一太刀でも助太刀を。そう思って温存した魔力をアレンに投げかけようとホイミを紡ぐ。
だが、ちらりとコナンを横目で見たアレンから返された怒声に、コナンは手のひらに集縮していた呪力を失った。
「やめろ!邪魔になる!」
青い目がコナンを睨みつけた。
厳しい言葉よりなにより、アレンが本気でコナンの初歩回復魔法ホイミを欲しがっていないことに、頭が真っ白になった。唇が震える。思わず持たれていた壁から手が離れ、引きずってきた感覚のない足が変な方向におしまがる。それでも、かろうじて倒れこむことはせず壁に体を立てかけて、彼らの視界から隠れるようにその場に座った。大岩が体を隠す。
岩陰から戦場の様子をうかがう。
素晴らしい足さばきでキラーマシン三体をあしらうローレシア王子の背後から、大きなバラ色の光が浮かび上がった。セリアの手より放たれた上位回復魔法ベホマをアレンが全身で受け取り、動きを取り戻した彼が袈裟がけに雷の剣を一閃する。コナンが握ることすらできなかった大剣がキラーマシンの鋼の胴体をやすやすと切り裂いたのを見たとき、左足の痛みからくる呼吸困難も忘れるほど、胸が、のどが苦しかった。
次のキラーマシンは首を跳ね飛ばされ、最後の一体は剣の峰で岩壁に叩きつけられた所を貫きとおされる。ガシャンと大きな音とともに鉄のかけらが飛び散って、最後のキラーマシンから赤い目玉の光が消えた。
動かなくなってしまえば殺人人形もただのガラクタだ。アレンは剣を鞘におさめると、杖で体を支えている王女の傍に膝をついた。
「大丈夫か、セリア」
汗で張り付いた前髪を払う余裕もなく、荒い息の合間に王女がほほ笑む。
「ええ。なんとか。私もさすがにクタクタよ」
「俺の薬草が余っているから食べておいて」
「そんな、それはできないわ。あなたの方が消耗しているじゃないの」
「いいから。俺にとっては君の魔法が命綱なんだ」
「しょうがないわね。もう少しだけ進んだら、一度、ベラヌールに戻りましょう」
王女の提案にアレンは難しい顔に戻って首を振った。その目が岩陰に座るコナンを見る。
戦い終わり静けさを取り戻したアレンの青い目が、はっきりと苛立ちを浮かべて足手まといを見る。
コナンはずいぶん前から縫いかがって使っているぼろぼろのグローブで心臓を抑えた。
ローレシア王子が怒りを抑えに抑えてとりつくろった無表情と見つめあうと、罪悪感で痛む胸がぎゅうっと収縮した。
「僕はここで休ませて貰っているから、気にするなよ」
わざと軽薄な口調で伝えてみるが、案の定、アレンに却下される。黒髪の剣士はコナンの笑顔に苦々しく歯ぎしりすると、わざわざこんな説明をさせるなと言いたげに、コナンの浪費を指摘した。
「もう薬草も終わったんだろう。帰ろう」
素直にうなずけばよかった。そう思いながら壁にすがりついて体を起こす。せめて自分からセリアの呪文範囲に向かおうと思ったが、それすら見通したようにアレンとセリアがコナンの元にやってくる。どっしりとのしかかる疲労でわずかな距離すら辛そうなセリアに肩を貸したアレンが、軽そうなコナンの荷物袋にちらりと視線を走らせる。
コナンは自分を恥じながら、気力を振り絞って立ち上がる。
足元に作った血だまりを引きずらないよう気をつけながら岩陰からでると、照れた仕草で頭を下げて、おずおずとアレンとセリアに手を伸ばした。
作品名:土の底で 作家名:よしこ@ちょっと休憩