Welcome to Red Crayon’s Party
従者だけ消える昼もある
領主だけ消える夜がある
留守の間、屋敷には悪魔の妹の笑い声が絶えない
「さぁ遊びましょう!」
今日も社交界が始まる
緋色クレヨンの社交界が
Welcome to Scarlet Crayon’s Party
それは姉の不在に退屈する妹のささやかな遊びだった
いつもは自分を閉じ込めている部屋に、逆に人を招くのだ
閉じこもっている部屋は昔と違ってもう地下ではないけれど
開催日は姉の留守の時、気が向いたら
そこに、誰もが入れるわけではない
真っ赤なクレヨンと供物が書かれた手紙を送る
そして供物を持ってきた人だけが、緋色クレヨンの社交界に入ることが出来る
一度入れても、社交界が開かれるたびに供物は更新される
みんなその度に、供物も捧げなければならない
最初はキラキラした物、だった
割れたガラスの欠片でもよかったし、キャンデーを包む虹色セロファンでもよかった
たくさんささげればいい
ダンシャクフジンにも、ハクシャクフジンにも、ジョウオウにもなんにでもなれる
ささげなければいけない
社交界のボツラクキゾクは、きっと入れないヘイミンよりも不憫だから
至極楽しそうな高笑いが響く“能力”を持つ吸血鬼の宴に、しかし誰もが魅かれていく
蝋の匂いがする深紅のクレヨン
差し出すと、扉があいて屋敷の未知の部屋が全貌を現す
古く、そして重い扉のぎぎぎと軋む音が耳をつんざく
扉が動く度、錆びた錠前が最後の警告とばかり鳴いてがちゃがちゃと騒がしい
一歩、絨毯を踏みしめるとパキンと何かが割れる
自分の重さで扉は勝手に閉まっていった
社交界の会場は酷く薄暗い
夜の闇を吸って黒に同化する深く赤い毛足の絨毯
一つだけ開け放たれた左側の窓から、満月が踊る
ビロードのカーテンだけが、開け放した窓から月光を受けて煌めいていた
テーブルは並んでいない
椅子も置いていない
ただ月明かりの届かない部屋の奥で、うず高く積み上げられていた
見上げると天辺にあるテーブルにだけ、テーブルクロスには小さすぎる“F”と刺繍されたハンカチがかかっている
テーブルの足元には刺繍の赤と同じ色の薔薇と、同じ色のワインが床いっぱいにぶちまけられている
うず高いテーブルの山まで歩を進める度、ひたりひたりと水分で重くなった絨毯は足音を殺す
たまにパキンと鳴るのは、月光を鋭く受けるワインボトルの破片だろう
強風にカタリとなった窓を見やれば、窓硝子も所々真っ赤なクレヨンでぐりぐりと塗りつぶされている
力強く塗りたくられた緋色は壁にまではみ出して大きく“F”を描く
吸い込んだ空気に揮発したアルコールが混ざっていて思わずくらりとした
咄嗟に山の一番下になっているテーブルに手をつくと、ばらばらと何かが落ちる
手のひらにぐちゃりとつぶれた感触
そっと右手に舌を這わせる
液は啜り、肉は噛む、
舌の上に広がる甘酸っぱさ
親指の付け根はブルーベリー、手のひらはラズベリー、爪の先にはクランベリー
果実は全て喉を降下していく
落下したバスケットからは沢山の果実がワインの海へ転がりこんでいる
籠の目からでも小さい果実なら簡単に床へと身投げしてしまう
靴底で果肉を潰す事は厭わない
今度パリンと薄く割れたのは白いティーカップの破片だろうか
閉じられた窓へ向かいぎゅっとカーテンを掴み思い切り開け放つ
窓硝子にはクランベリーパイがべったり貼りついていた
ベリージャムが赤い透明なしぶきを硝子に飛び散らせる
窓枠の下には散乱する銀食器
“クモツ”と緋色のクレヨンが躍るその窓枠にはフォークで串刺しにされた蝶々たち
思わず触れた指先は、鱗粉で鮮やかに反射した
その虹色が天井のシャンデリアへと飛び火する
闇を切る燃える火が、蜘蛛の巣ごと焼き払ってシャンデリアを輝かせる
ビロードのカーテンはより絢爛に煌めく
黒に飲まれていた絨毯が鮮やかな深紅を取り戻していく
全ての赤が、紅へ変わる
圧倒されている暇はない
虹色のロリポップが弾幕を張って降り注ぐ
慣れたものだった
すっと身を引いて最低限よければいい
形あるものは粉々に破壊されていく
転がるボトルもカップも、被弾してぱぁんと爆ぜる
「ずいぶん悪趣味ね」
「いらっしゃいお姉さまっ!」
シャンデリアを横切る羽には、そのシャンデリアのビーズと同じようなクリスタルが光る
煌びやかな灯りの中天井を仰ぎ見るとそれはあった
この部屋のどれよりも赤い、大きく書かれた文字
Welcome to Scarlet Crayon’s Party
「いいのかしら招かれても、生憎プレゼントは持ってきてないの」
「いいの、もう貰ってるから! …汚らしくて煩わしい可愛い“犬”をね!」
「……咲夜を返しなさい、」
この部屋のどれよりも紅く、大きく見開かれた瞳
グンニグルは山になったテーブルを切り崩す
ふわりと舞い落ちたハンカチを赤く染めるのは果たしてワインなのか
地を蹴った足が潰すのは果実なのか
赤い弾幕に砕け散るのはボトルなのかカップなのか
壁に張り付く飛び散ったモノはクランベリーパイなのか
フォークの先に貫かれているのは蝶なのか
緋色のクレヨンは、本当にクレヨンなのか
レーヴァテインに薙ぎ払われてシャンデリアが落ちる
その落下点に横たわるのは何だろう
散らばる銀の刃には確かに見覚えがあった
作品名:Welcome to Red Crayon’s Party 作家名:さおう