素直
こんな結果にはなっていなかったかもしれない――――。
いつだってそんなことを考えては後悔する。そんな自分にうんざりしている。そして決まってその後、深い溜息を吐いて暗い空を見上げることは、もう身に染みた習慣の一つとなっていた。
夜空に向かって息を吐く。気温差のせいで白く上がる息が暗闇に溶け込んでいく。
何故か彼のことは夜にしか思い出さない。
彼の印象が暗闇なのかというとそれはまったくの逆で、本当は光る星の映える群青の空より、眩しいくらい照り付ける太陽が似合う人だった。それなのにどうして夜にしか思い出さないのかといえば、それは単純に、深夜、今日みたいな月明かりの強い日にさよならを云われたから。
『付き合っていた』、というほど確かな関係でもなく。『恋人』だったというほど眼に見える絆もない。それでも自分達はいつだって一緒にいて、笑いあって、時には殴り合いのケンカもしたし、時には裸で抱き合ったりもした。
あの淡くて不安定な気持ちを口にすると、途端に薄っぺらいものになってしまいそうになるのが嫌でずっと誤魔化してきたけれど。
本当は云ってしまえばよかったのかもしれない。ずっとずっと好きだったって。傍に居て欲しいって。
(云えば良かったんやろな……)
意外なほど他人をよく見る奴だから、いつだって自分のことは後回し。話を切り出す順番だっていつも自分で、そんな俺の話を黙って聞いて小さく笑う。その笑みを見た俺は、なんとなく安心してまた話し続ける。そんな、それだけで日が終わることもあった。饒舌なのは公式で己の立場を見せ付ける時だけ。普段の彼は、予想もできないほど寡黙で静謐だ。
ズボンのポケットに手を入れて歩くのが癖だった。それを見る度に、理由もなく胸が苦しくなったはいつの頃だっただろう。きっと、あのポケットの中には彼の抱え込んだ気持ちの欠片が詰まっていて、それを一欠けらも落とさないように、溢さないように仕舞いこんでいるんだと思い込んでいたのだから、自分のロマンチストぶりに今は苦い笑いが込み上げる。
いつの間にか、彼の視線は自分を素通りしていて。
いつの間にか、彼の見つめる先を追えない自分がいて。
そしていつの間にか、お互いの向いている場所が違っていた。
『友達』、というほど熱い関係でもなく。
『チームメイト』、というほど冷めてもいない。
あの頃に覚えた感情の名前なんてずっと分からないままだ。けれど今でも大切に仕舞いこんでいるこの気持ちを、たまに取り出しては持て余して溜息吐いている自分は、酷く滑稽だと思う。
さよならと告げたきみの、その本意は分からないけれど。
ああ、でも。
「やっぱり、行かんといて」
この腕の中から飛び立たないで。
もし今度会えたら、また自分が先に話し出したとしても、口を手でふさいできみの言葉を逃がしてくれたらいい。
そうしたら、僕も一番伝えたい言葉を届けるから。
きっと、知らずたくさん傷つけてきたきみへ。
「ごめん」じゃなくて、「ありがとう」を。
言葉にならなくても、いいから。