ホーム スイート ホーム
「肝に銘じておくよ。僕としては、君に厄介ごとに巻き込まれる可能性の方が高いと踏んでいるけどね。……おっと、帰ってきた。切るよ。じゃあね」
玄関が開く音を聞きつけて、新羅は相手の返事も待たずに通話を切った。
「おかえり。出前来てるよ」
リビングに入ってきたセルティと杏里を、新羅は何事も無かったかのように迎えた。
『ただいま、新羅。さっきは悪かったな』
「それはどっちのことかな? 薄情者ってこと? ガスマスクのこと?」
新羅が意地の悪い笑みで尋ねる。
『どっちも』
「あはは、ちっとも気にしてないさ。あ、嘘。ガスマスクは重く心に圧し掛かった。僕は街中で白衣は着れても、ガスマスクは付けれないことが良く分かった。父さんとは一線を画していると知れて喜ばしくもあるけど、もし、どうしてもと君が望むなら、ガスマスクだろうが鎖帷子だろうが乗り越えられると思うよ?」
『鎖帷子なんか重くて動けないだろう』
二人のやり取りが途切れたところで、杏里が口を開いた。
「……あの、さっきはすみませんでした。急に出て行ったりして」
新羅に向けて、杏里が深く頭を下げる。セルティから高圧的なオーラを感じながら、新羅は口を開いた。
「あぁ、別にいいよ。思春期だもんねぇ。色々思うこともあるだろうさ。こうして帰ってきたんだから、結果オーライだよ」
特に気にした様子の無い新羅に、杏里はほっと胸を撫で下ろした。
『お前の口から思春期と聞くと、なんだか嫌な感じに聞こえる』
セルティからの辛辣なツッコミに、新羅は大袈裟に声を上げた。
「えー? そんなことないよ! 今のは断じてそんなことない! ……よね?」
新羅が杏里に尋ねかけると、杏里は僅かに微笑を漏らした。
「さぁ……どうでしょう?」
予想外の反応に、新羅は思わず面食らった。
「あれ、杏里ちゃん、なんだか意地悪だ。セルティ、何か言ったのかい?」
『さぁ、どうでしょう?』
セルティが杏里の口真似をして、新羅に示した。
「えぇー? なんだか仲良さそうで妬けちゃうなぁ。杏里ちゃんがもし男の子だったら、絶対うちの敷居は跨がせないのに。でも、幸いにも杏里ちゃんは女の子だから、我が家で晩餐にありつけるというわけだ。ざるそばにしといて良かったね。伸びる心配が無い」
杏里が値段に配慮して選択したメニューは、予想外に良い結果をもたらしていた。
「そういえば、ガスマスクって、この前会った人ですか?」
そばを食べる手を休め、杏里がふと尋ねた。
『そうだよ。でも、とっても変な奴だから、絶対に関わらない方がいい』
一瞬固まったセルティが、実感の篭った言葉をPDAに打ち出した。セルティは食事の必要は無いものの、杏里の隣に同席していた。向かい側でそばをすすっていた新羅も、珍しく真剣な顔をして深く頷く。
そんな二人を見比べて、杏里は不思議そうに首を傾げた。
作品名:ホーム スイート ホーム 作家名:窓子