秋桜
side:博士
「いよいよ、明日だな」
俺は、最終チェックを終えて戻ってきたカイトに、声を掛ける。
「はい、博士のおかげです!ありがとうございます!」
「何もしてないけどな」
知り合いから、アンドロイドの購入を検討している人がいると聞いて、「男性型VOCALOIDでよければ、調整中のが一体いる」と、教えただけ。
フルオーダーで注文すると、年単位で待たされるからな。
「奥さんが、ピアノ教室の先生らしいから。お前も、特訓させられるかもな」
「楽しみです。俺が弾けるようになったら、博士も聞きに来て下さい」
「やだよ」
きっぱり断ると、カイトは目を見開いて、
「えっ!?ちょ、酷いです!!そこは、「絶対行くよ」と答えるところでしょう!!!」
「うるせーな。お前の調整に、何年かかったと思ってんだ。オフでまで、お前の顔なんか見たくねーよ」
引き渡し後のアンドロイドへの接触は、禁じられている。顧客とアンドロイドの関係に、影響を与えかねないから。
「なっ!酷いです!!せっかく、感謝してあげてるのに!!」
「あげてるって何だ。恩着せがましい奴だな。俺にとって、お前は黒歴史だから、さっさと忘れさせろ」
「黒歴史とは何ですかー!!」
引き渡し前に、ここでの記憶は全て消される。これも、顧客とアンドロイドが、良好な関係を築く為に必要なこと。
だから、
「うーるせーよ。調整したアンドロイド全部覚えてたら、脳がパンクするわ」
お前が、俺を忘れても、
「いいですよ。今度は、マスターと一緒に来ますから。嫌でも思い出させて上げます」
俺は、お前を忘れないから。
「はいはい。うっかり返品されてくるなよ」
「されません!不吉なこと言わないで下さい!」
元気でな、カイト。
翌日。
もうすぐ、引き渡しの時間だ。
俺は、パソコンの前に座り、目の前に立つカイトに、ゆっくりを声を掛ける。
「VOCALOID「KAITO」、聞こえたら、返事をしろ」
「・・・イエス」
意識レベルを落とされたカイトが、くぐもった声で答えた。
「異常はあるか?」
「・・・ノー」
「これから、お前の記憶データを消去する。ここでの記憶は、全て消すからな」
キーボードを叩いて、指示を出す。
カイトは、少し間をおいてから、
「・・・承認されました。記憶データを開示します」
画面上に、高速で展開される、カイトの記憶。
こっちが忘れていたことまで、再現されていった。
ああ、こんなこともあったっけな。
何体送り出しても、慣れることがない。
ぼんやりと、画面を見つめていたら、
「ハ・・・カセ・・・」
微かな声に、驚いて顔を上げた。
「ア・・・リ・・・ガ・・・ト・・・」
カイトの頬を、涙が伝う。
「バカが。これからマスターに会うのに、湿っぽい顔するな」
俺は、立ち上がって、手のひらでカイトの頬を拭うと、
「元気でな、カイト」
終わり