歩き続けるということ。SAMPLE
薄暗い屋内には薬の匂いが充満していた。
三和土に膝をついた善法寺伊作は、目の前の高さの細い太腿についた大きな裂傷に軟膏を塗ってその上から器用に包帯を巻いていく。血は止まっているものの、薬が傷に沁みてタカ丸は唇を噛みしめてその痛みに耐える。膝の裏で一度固結びした包帯の端を巻いた包帯の裏側へと差し込んで処置を終える。
「今夜は風呂に入っちゃだめだよ」
「ありがとうございます。善法寺先輩」
タカ丸は手当てをしてもらった右足を引き寄せて礼を言う。
動かすと、疵口が引き攣れてチリと痛む。
「今ちょっと名前変えてんだよね。今回はたまたまだけど、次からは声かけないからね」
伊作はにっこり笑って救急箱をぱたんと閉じた。
「食満先輩は?」
「買い物がてら状況視察。きみは一人?」
「はい。遣いがてら、この村で久々知くん達と落ち合う予定です」
忍術学園卒業後、斎藤タカ丸は元々の髪結いの腕を生かして、離れた村で髪結い屋の弟子として就職した。道具の使い方から手入れの方法、接客方法や会計など細かく忍術学園で習わなかった事を学んでいる中、丁稚として近隣の村に遣いに出るような立場になっていた。
タカ丸は荷物を片付け終わった伊作から膏薬をもらう。
「痛いだろうけど、こまめにつけておけばそれだけ治りが早いから」
「ありがとうございます」
伊作の言葉通り、先ほどまで少し身動いだだけでもズキズキする痛みが少し引いたようだった。
今日の昼過ぎ。この村に向かう途中で越える峠で、厭な気配を感じて足を速めた。
雨上がりでまだ濡れる草に足を取られてしばらく山の斜面を滑り落ちた。その時に、ざっくりと木枝で切ってしまった。止血してなんとか歩いていたものの、痛みが増すばかりでどこかに薬屋が無いか探し始めた。一、二度しか訪れたことの無い村で地理に明るくない。途方に暮れた頃に小声で名前を呼ばれて有無を言わさず古い長屋に連れ込まれた。
手際よく口を塞がれたから叫ぶ暇も無い。
「斎藤くん足、痛いでしょう。見せなさい」
上目遣いで狼藉を働いた人を見ると、タカ丸の記憶には笑顔しか残っていない元・保健委員長その人だった。
「痛み止めにもなるから」と、茶を出されてありがたく頂戴する。
「今日はもうこっちに泊まって行ったら?その足で峠越えはキツイだろ?」
「ん、でも、久々知くんとまだ逢ってないし。それから決めます」
「だったら、名前を呼べばいいじゃん」
「え?」
手際よく使用した薬をしまっていく先輩の言葉にタカ丸は首を傾げる。
「兵助なら君が呼べばすぐに来るさ。って、もうそこにいるけど」
「久々知くん?」
懐疑的に呼ぶ声に長屋の引き戸を開けて現れたのは、憮然とした表情の久々知兵助だった。
作品名:歩き続けるということ。SAMPLE 作家名:だい。