鏡に見るは幻想
『014 FLASH』
所有印のように、刻まれていた。最初はいつもの悪戯だと思って、水で洗い流そうとした。もし油性だったとしても、多少は薄くなるだろう。それがどうだ、全く変化はない。ガリ、と引っ掻いても変わらない。人工皮膚が僅かに赤くなるが、その青は変わらなかった。
「フラッシュ!! フラッシュ!!」
ラボ内を探すが、返事はない。悪戯がバレたから隠れているのだろうか。いつもなら三分もしない内に降参して出てくるのに。
「……クイック? 誰か探しているのか?」
後ろから聞こえた声に振り向くと、長男であるメタルがいた。しかし、俺の顔の変化を見ても、何の反応もなかった。多少の疑問を抱きつつも、おれは 普段通り、怒りで声を荒げながら喋る。
「あ、メタル!! 見てくれよ、これ!!」
青い落書きを指し示しながらこういえば、メタルの口からは驚くべき言葉が発せられた。
「何だ? 何もないじゃないか。」
「え……?」
ぬるり。頬を伝う感触に気付き、手をやればべったりと付着する、青。それは確かに頬にこびり付いていたものに違いなかった。まるで人間の血液のように粘り気を帯びたそれは、しかし今朝とは違って容易く落ちてくれた。
「まあ良い。それで、一体誰を探していたんだ?」
「あ、ああ……そうだ、フラッシュ探してたんだ。メタル、フラッシュどこか知らねえ?」
いつもなら呆れたような笑顔で居場所を教えてくれるメタルは、訝しげな表情でこちらを見てくるだけで、声を発そうとはしない。それにイラつき、声を荒げて「だから……!!」と追えば、制するように手を出され、よく分からないといった風に喋りだした。
「お前は、誰を探しているんだ? フラッシュ? それは誰だ?」
唖然とした。フラッシュを知らないだと? 2ndナンバーの中で、いや、DWNの中で一、二を争う程の力を持つフラッシュを。何より、過去に幾度となくメタル自身が自慢していた筈なのに。本当に目の前にいるのはメタルなのか。どうやら2ndナンバーの話なのかと察したらしいメタルは、つらつらと2ndナンバーを読み上げる。
「……ル、No.012クイック、No.013クラッシュ、No.014ヒート、No.015ィ……」
「ま、待ってくれメタル!!」
確かに、フラッシュだけいなかった。指にこびり付く青は、じわりと床に水溜りを作っている。そこにぼやけながら写る俺の頬には、未だにあいつの青い刻印が残っていた。
本当に存在していないんだ、と実感するのに、長い時間は要さなかった。嫌でも感じさせられるのだ。部屋に行ったとしても、そこにいるのはフラッシュではなくヒートだし、リビングでカーレースを見ていたとしても、誰も冷やかしを入れない。物足りなさだけが満ちていく。虚しくて、侘しくて。
鏡を見ると、青は体中に現れていた。このまま、全て青に染まってしまえば良いのかもしれない。俺がいなくなって、代わりにフラッシュになれたなら。そしたら、きっと俺の足りない何かが埋まる気がした。
青。青。鏡の向こうに広がるのは、清清しい青ばかり。俺が手を伸ばして触れれば、向こうも手を伸ばす。触れた瞬間に俺の手から流れ落ちるのは、全ての事の元凶である青。温い風が窓から吹き込む。目を細めれば、無効は優しく微笑む。口が形作るだけの言葉は、ひどく優しいくせに残酷だ。
冷たい鏡に唇を押し当てる。柔らかさとは程遠い、固い無機質のそれはどう足掻いてもあいつに代わる事は出来ない。ぬるりと舌がなぞるのも冷たい鏡だ。向こうにいるあいつには届かない。そっと瞳に写り込む自分を覗くと、そこにいつのは真っ赤な俺だった。混じり気のない赤が、藤色の瞳に写っていた。
鏡に見るは幻想
(愛してるのは、お前か、俺か?)