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夏祭りの最後

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カラコロ、カラコロ
 下駄の音が煩く耳に付き纏う。二人の間に交わす言葉などあるはずもなく、浴衣の擦れる僅かな音と下駄の無駄に明るい音だけが鼓膜を震わす。二人の間を繋いでいるのは互いの指だけで、いやでも彼女の細い指に意識がいく。可愛らしく彩られた指先は、拙いながらも一生懸命で、愛しさばかりが募る。
 歩みを進める度に近付く賑やかな音は、少しずつだが二人の間に満ちている緊張を解してくれた。隣にいる彼女は、ピンクに色付いた唇を微笑で弧を描きながら至極楽しそうに言葉を紡ぎ出す。俺も笑顔でそれに応えながら、この時間がずっと続けば良いのに、なんて思った。

 キャッキャとはしゃぐ彼女は年相応に可愛くて、普段は隠されている一面を垣間見れたような嬉しさがある。あれがしたい、これが欲しい、と俺の手を引いていく彼女の頬は、チークでも雪洞の所為でもなく紅に染まっている。本人は気付かれてないと思っているのだろう。
 彼女は普段通りの振る舞いで金魚を掬うが、一匹だけでポイが破れてしまった。残念そうに金魚をビニール袋に入れてもらっている彼女を見ていると、何だかいたたまれなくなってきて、俺は金魚すくいの夜店を開いている男(それはごく普通の20代の男だった)に400円を渡してポイを受け取った。

 二匹に増えた手元の金魚に微笑みかけながら、俺はフランクフルトを、彼女はわた飴を食べる。一息ついたところで、先程射的で取ったありきたりな狐のお面を、高くあげたお団子に引っ掛からないようにして彼女に付けてあげた。そこに下心など当然あるはずもないのだが、遠慮がちに伏せられた目蓋だとか、普段なら見えないはずの項だとかの所為で、ああ悲しき男の本能かな、心臓が跳ねる。このまま押し倒して彼女の全てを奪ってしまいたい衝動に駆られるも、俺のような人間が彼女を汚して良いはずがなく、あと少しのところで踏み止まる。
 あと僅かで花火だと気が付き、彼女の手を取ってまた歩き始める。慣れない浴衣の彼女が歩きにくそうにしている気付き、歩幅を彼女に合わせる。小さく呟かれた言葉に苦笑し、大丈夫だからゆっくり行こう、と出来るだけの優しい声音と笑顔で言う。

 空に散っていく花火を見ながら、彼女の手をギュッと握る。慌てたように向けられる顔に、至極単純な笑顔を向ける。そして、わざと花火の音に掻き消されるように言った。

「      」



夏祭りの最後
(聞いてほしい、聞かないでほしい)
作品名:夏祭りの最後 作家名:はづき。