テンペラ
彼の胸は例外なくあたたかい。同じ人間なのにどうしてこうも違うのだろう、と彼に暖められながら私は考える。違うかたち、違う体温、違う匂い。抱きしめてくれる腕から私が溶ける。
圭一くんなら笑っている。
私が泣きたくなっている同じ瞬間に、彼は。
「どうして笑うのかな」
「いや、幸せだなって……思うから」
彼はそう言って屈託なく、笑う。
「……幸せ?」
「だって、好きな子を抱きしめてられるんだぜ。嬉しいって思うだろ、そりゃ」
「うれしい……」
「レナはどうして泣きそうな顔をするんだ?」
彼の掌が頭を撫でる。彼の指の間でくしゃくしゃと乱される髪。そこから溶けていって、早く、早く。
私の眼が涙をこぼしてしまう前に。
「しあわせ、だから、だよ。……だよ?」
声がふるえる。それを口にすればするほど、私は笑うことができなくなる。幸せなのに。しあわせなのに。
「だったら、泣くことなんかないだろ」
わかってる。
幸せならば、彼のように笑うことができればいいのだろう。私なんかを(こんな幼い身体を)腕に閉じ込めてただ「嬉しい」と言える彼がうらやましい。いとしい。
「ごめんなさい」
「い、いや、いいよ。レナが嫌な思いをしてるんじゃなきゃ」
「ちがうよ、レナは幸せなの。幸せなんだよ、ほんとに……なのに……」
ああ、駄目だ、こぼれてしまった。
戸惑う彼の表情を見たくなくて、目の前のあたたかな身体にしがみついた。抱きなおしてくれる、私を溶かす二本の腕。合わさるかたちの違う胸。いびつで幼い、温かなそこが涙を次々に誘発する。
どうして同じ思いを抱いていながら、私たちはこんなに違うのだろう。
圭一くん、望んでよ。どうかレナを壊したいと。そうすれば私は泣くのを止めて、幸せだと言って笑える。幾らだってあなたが望むようなかたちになるのに、私は──
「いいんだ、いいんだよレナ」
なのに、彼はどうしてそれを望んでくれないのだろう。
「いいよ泣いても。そりゃ笑ってくれた方が本当は嬉しいけど」
泣いてるレナも可愛いしな。だなんて、そんな戯言まで私を肯定しないで。
「ちゃんとそばにいるから」
そうして彼はまた笑う。
「うん」
彼の肩にくっついて、私も笑った。泣きながら、笑った。
しあわせなのに、うれしいのに、しあわせなのに。……涙が止まらなかった。
いつか彼のそばにいることだけで、笑顔になれる日がくるだろうか。
まだひとつになることすらできない幼いからだの中で、私はそんなことを考えている。