chase up
雷鳴のような音が響くたび、カイムは全身が焼けるような痛みを覚えた。紅く染まった空を見上げ、だがすぐにまた前を見据える。その間もカイムは速度を緩めずに駆け続けた。
時折、狂ったようにわめき声をあげる人がすれ違った。恐怖のあまり足が思うように動かないらしい、多くの者が転がるように走っていて、その場に倒れる者も少なくない。だが、カイムと同じ方向に行く者は、一人としていない。
彼らが必死に、一歩でも遠ざかろうとしている存在こそ、カイムの目指すものだった。
――アンヘル。
カイムは心の中でその名を呼んだ。だが返ってくるのは、苦悶と、憎悪と、悲哀に満ちた叫び。
紅い空が光る。轟音と共に皮膚の焼ける匂いが立ちこめ、同時に雷のような悲鳴がカイムの耳を、心を打った。
遠く離れていてもたしかに感じられた存在が、胸の中から消えたのは何年前のことだろう。
喪失と共に得たのは、絶望と憎悪。復讐のため、空虚さを埋めるために剣を振るい続けた数年。
「あの時」のように血の匂いに酔い、ただ殺戮を繰り返した日々。
だが、封印は解けた。二人の絆を断絶し、暗黒の帳に捕らえた忌まわしきものが無くなり、胸の中の存在はたしかにカイムの元に返ってきた。それと同時に、心安らぐ日々も返ってくるはずだったのだ。
――アンヘル。
もう一度、“声”で呼ぶ。だが答えるものはない。
考えるべきことは山ほどあるのだろう。世界のこと。騎士団のこと。神のこと。幼かった少女のこと。
だがカイムの心の中は、ただ一つのことで埋め尽くされていた。
呼べど応えぬ、己が半身。
――アンヘル。アンヘルアンヘルアンヘルアンヘル、アンヘル。アンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘルアンヘル。
カイムは駆けた。ただ再び相見える、そのために。