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たった一言から

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 同世代よりも発育がよく、両親の遺伝をきちんと受け継いで容姿端麗だったエドガーは物心ついたときから皆に持て囃されていたが、その方向は憧憬的なものであった。格好いい、男前、紳士的。男として生まれ、男として育った己にはこの上ない高評価である。彼が制服に身をまとって廊下を颯爽と歩けば女子生徒が眩暈を起こし、礼服に袖を通せば貴婦人が頬を染める。彼は世界の中心で、皆の王子として、そして輝かしい成績を誇るキャプテンとして、女には男として、男には男として惚れられる理想的な人物であった。それゆえ自尊心やら責任感やらが強く、少々冷徹なところがありはしたが、それもまた周囲の人間にとっては憧憬を強める要素に他ならなかった。
 さて、長々と褒め称えるような人物説明をしてきた訳であるが昨今、エドガーはそんな彼の人生を僅かに変える人物と出会った。出会った、というよりは再会した、という方が正しいのであるが、再会した時分に、投げつけられた言葉がエドガーにとっては彼を揺るがす「初めて」のことで言葉であったため、再会が初見とも言えるのである。
 フィディオ・アルデナ。エドガーよりも瞳が大きく、身長が低く、声は高く、軽い男。男としての成熟さでいったなら、断然自分の方が上だと漠然と思っていたエドガーは彼に、こんなことを言われたのだ。

‘エドガーは本当に、可愛いな’

 思わず変な声が出たら、目尻を下げられながら再び可愛いなどと屈辱的なことを言われてしまった。エドガーが女性に「可愛らしい方ですね」と言えば皆、喜んで顔を染めるのだが、実際自分で言われてみるとこんなに不快な気分になるのは、やはり超自然的なことで仕方ないとエドガーは思った。
 しかしそれ以降、エドガーが嫌な顔をするのが気に入ったのか天然のサドなのか、フィディオは顔を合わせる度にしまりのない笑顔で「可愛い」と称してくるようになったのだ。最近ではレベルが上がって、「紅茶を飲んでいる姿が可愛い」だの「髪が揺れるのが可愛い」だの「時々キョトンとする所が可愛い」だの、付属品をつけて称するようになったのだから更に質が悪い。これだからイタリア男は、と偏見を持つのは申し訳ないが彼の軽さは自分にはないものだったので、国の違いということでなんとか蹴りをつけているつもりでいた。

「エドガー、どうしたんだい?」
 礼儀としてアフタヌーンティーの時間にやって来てしまった‘友人’をお茶会に誘ったはいいが、紅茶にもお茶請けにも手を出さずに、相変わらずデレデレした顔で見られ続けると居心地が悪くて仕方ない。どうしたと聞くお前がどうした、という言葉を呑み込んで、味気のなくなってしまった紅茶をすすった。

「エドガーは所作が綺麗だよな。見ていて楽しい」
「だからといってジッと見てくるのは礼儀に反するから止めてくれませんか」
「ムッとすると敬語になるよな、可愛い」

 ティーカップを持つ手が震えた。英国人の命であるこれを投げつけるわけにはいかないと、どうにか堪えてエドガーはフィディオに向き直った。

「私を可愛いなどと称するのは止めろ」
「えっ……どうしてだい?」
「そんなことを言われても嬉しくない」
「別に俺は、エドガーを喜ばすために言っているんじゃないよ?」
「それでも、私は不快だ」
 小さい子に諭すように、成る可く冷静なままの言葉遣いで言い放てば、フィディオは「ふうん」と心ここにあらずといった体で返してくる。

「だってエドガーが可愛いから」
「私はそんな風に称される人物ではない。むしろ君の方が可愛いと言われているじゃないか」
「まあね」
 思わず額に手を当てて目を瞑ってしまう。溜息を漏らす前、気配が一気に近付いたことに驚いて瞳を開けると、目と鼻の先にフィディオの顔があった。今まで見たことがないような真剣な、表情。フィールド上で指揮をしている時を思わせるような張り詰めた雰囲気と、いつもは大きい瞳が今は細められ、とても嗜虐的で男性としての色気を思わせるような雰囲気。二つがせめぎ合い、混じり合い、見事に調和して彼はそこにある。どうしたことだろう、エドガーは鼓動が早くなるのを感じた。まるで自分が生娘にでもなったような感覚を味わわされながらも、相手から瞳を逸らすことができなくなっている。濃紺の瞳に意識をかすめ取られそうだった。

「でも俺は、俺だけがエドガーの可愛さを知っていればいいと思っているから、周囲が君を格好いいと言えば言うほど、気分が良くなるよ」

 金縛りにあったような状態のエドガーは、頬に当たる彼の手の熱さに目を見張った。かかる前髪をスルリと掻き分けたフィディオが額や右眼にキスを落とすのにも抵抗できなかったエドガーは、「そろそろ戻るよ」という言葉に胡蝶の夢から覚めるのである。二人だけのお茶会は終わり、それと同時にエドガーのこれまでが終わってしまった。いつの間にか入り込んでしまった彼はもう、視界から消えたとしても心からは消えることはない。




作品名:たった一言から 作家名:7727