あなたをたとえて
何を思ったのか、帝人は突然そんなことを言い出した。そして青葉が返事をするまでもなく彼の中では青葉にチョコレートを渡すことは決定しているらしく、持っている鞄を漁って茶色い小瓶を取り出す。はい、コレ、と差し出されたそれを受け取って直後、青葉は凍りついた。
「…………………………………………」
青いパッケージには白い文字で『毒』と書かれていた。
しかし、二度三度と瞬いてよく見れば、『青い海』と書かれたその文字の『毒』以外の部分をやや薄い青で塗って目立たなくして、塗り潰した部分の上下を詰めているだけだった。
「昨日、見つけたんだ。何だか青葉君に似てるなって思って」
それは『青い海』の方だろうか、それとも『毒』の方だろうか。
訊きたいような気もしたが、訊かないでおいた。何がしたいのだろう、と帝人を見れば悪戯が成功した子供のように笑っている。嫌われているのかそうでないのか、さっぱり分からない。詮索を止めて茶色い小瓶からチョコレートの粒をざらざらと手に取って、色とりどりのそれらを口に放り込む。当たり前だがチョコレートの味がした。
「まあ、例え毒でも食べますよ? リーダー命令とあれば」
「別に食べろ、とは言ってないよ」
確かにそうだが、と帝人から視線を外す。
もし毒を渡されたとして、帝人はその時も食べろとは言わないのだろうか、確実なものとするために言うのだろうか。毒はどの効果のものを、どの程度で使うのだろう。致死量か、ほとんど効果のない程度か、それとも苦しむだけ苦しめておいて敢えて生かすだろうか。
適当に予想を立てるが、そもそもその予想自体が意味を持たないことに気づいて考えるのを止めた。帝人の言動など、その時になってみないと分からない。何の前触れもなく、何をやらかしてもおかしくはない人物なのだから。
一つ息を吐いて、青葉はふと目に留まったものを指す。
「先輩は、あれに似てますね」
指の先にあるものは何処にでもある常緑の樹で、あまり高くはなく全体的に細い印象を与え、開花時期なのか白い花をつけていた。
「……あれ?」
「はい」
帝人は青葉の見立てに眉を寄せる。
「どうせ、ひょろくて背も低いよ。外見も地味だし」
ああやはり分かっていない、と青葉はしてやったりと笑みを浮かべる。
何処にでもある植物の枝葉が虫に食われた痕さえないことに、何処にでもあるということはそれだけ悪条件にも耐えられるのだということに。そして何よりも、
あの植物で何人が中毒したことか!
あの植物は何処にでもあるが、その存在は毒の塊だ。それは強力な毒で、知らずに箸や串の代用として使い、その時の料理がが最後の食事になった例もある。
その植物に喩えられた意味を、帝人は何も分かっていない。
「似てますよ」
それを教えてやろうかと考えて、止める。指摘したとして、帝人はそれを否定するだろう。自分はそんなものではないと心底から否定する。過小評価だ、と青葉は思うが、本人がそう思い込んでいるのだから仕方ない。似ている、と言われて別の意味で納得している帝人を見れば、少々拗ねた表情をしていた。
「似てます」
繰り返して、青葉は自分の手にある小瓶を見た。『毒』なのか『青い海』なのか分からないパッケージの小瓶である。
「…………………………………………」
再び中身を手に取って口に放り込む。
パッケージが何であろうと、中身はチョコレートでしかなかった。