斬首
いつもそうだ、と三成は思った。膝をついたまま、口に溜まった唾を吐く。それが赤い色をしていたことなどどうでもよい。
この男はいつもそうだ。自分で三成から絆を奪ったくせに、絆を尊べと、憎しみを捨てろと言う。こちらを気にかけて、哀れんで、正義面をしている。その上っ面を引きはがしてやりたくてたまらなかった。
家康はゆっくりと三成に近づいて来る。その慎重な足取りは、しかし間合いを測るようなものではない。何か言いたいことがあって近づいて来る素振りだ。探っているのは三成との精神的な距離だとでも言うのだろうか。考えただけで腹わたが暴れ出しそうになった。笑わせる。馬鹿にしている。この男は何を勘違いし、何を思い上がっているのだろう!
「三成、」
息を吐いて頭を垂れた三成を、家康は覗き込んだ。刹那、鞘が閃く。
鞘を叩き込まれた家康は吹き飛んだ。地面に倒れ込んだ腹を踏み付け、鞘を顔のすぐ横に突き刺す。足裏に伝わる動きに口元が歪んだ。
こうして首を斬った者たちは、みな醜く暴れてみせた。名もない者も名のある者も、みな目前の死に脅え、取り乱し、許しを請おうとさえした。この男も所詮はそうなのだ。秀吉の命を奪っておいて、自分の命一つが惜しい!
「三成!」
鋭い声が、濁った思索から三成を呼び戻した。そこでようやく家康の顔を見て、三成は愕然とした。そこにあるのは意志の光だった。自分の死より、成すべき何かを見る目。それが自分に焦点を結んでいることに、三成は動揺した。
家康は動きを止めない。だがそれは闇雲なものではなく、この状態から逃れようという意図のあるものだ。油断すれば逃げられる。三成は踏み付ける足に力を込め、刀の柄に手をかけた。
「三成」
呼ぶ声が訴えるのは助命ではない。絆で天下を統べるとのたまう時の、あの傲慢さもない。家康は何かを訴えていた。他でもない三成に。
美しい音を立てて、刀は引き抜かれた。それを家康の首に当て、三成はもう一度家康の目を見た。そこに浮かぶ憎悪でない感情に、ひどく不快感を覚えた。
再び家康の唇が開く。それが声を発する前に、三成は刀を振るった。また名を呼ばれる前に、その喉を掻き斬った。