少女の極刑
「いけません、ユーリ、あなたは大きな間違いをしているわ」
眼前の男はしばし目を見開き、それからひどく愉快そうにひひと笑った。少女の霜色の瞳はただ悲痛な色を湛え、けれど凜と潤んでいた。
ミシーは里を奪われたその日から人質として七騎士ユーリの支配下に置かれている。ユーリの口ぶりから察するに兄のファズを懐柔するための人質、また、ときおり名前の上がる、幼なじみのジグに対しても牽制の意味を持っているらしかった。
「ジグ」その名を聞くたびミシーのこころはとび跳ねた。ミシーにはなにも告げず里を出て行ってしまった兄の親友、また自らの大切な友人だ。兄から話を聞いたときミシーは泣いたが、しかしジグを恨む気持ちにはなれなかった。幼い頃からずっと想い寄せていたのだ。いつかきっとジグが兄を伴って自分を助けに来てくれる、そう思うだけで少女は慰められた。
けれどミシーは聡明な少女であった。ユーリは面白半分でジグを痛めつけた話など語ることがあったが、これといって特別な反応をすることは控えたのだ。つとめて他の誰かが苦しめらるたのを聞いたときと同様に悲しみ、怒ってみせた。そうすることでジグの身を守ったのだ。少女にとって特別な人間と知ればユーリはなにをするかわからなかったから。
かわりにミシーはユーリこそが特別なのだと思い込ませることにする。かんたんなことだ、少女が泣いてもっともらしい正義を押しつければユーリは面白いくらいに彼女を好いた。典型的なわがまま息子と思えばいい。ミシーは母親になるだけでよかった。あなたは間違っているの、そんなこといけません、あなたのために言っているのよ、正されず生きてきた男はそれだけで愉悦を覚えた。幼子が母の手をわずらわせるのと何ら変わらない。なんと御し易い。男と数日を過ごした少女は易々とユーリを支配することに成功したのだった。
ユーリは少女の見えない鎖に気づかずただ笑っていた。笑いながらお人形のようにミシーを扱った。専用の個室を与え仕立てのよいベッドを置き、メイドに毎日新しい花を運ばせ活けさせた。食事も一日三食用意させる。運ぶメイドに非はないのだから、ミシーは食べないという抵抗も許されない。
ユーリがミシーに直接暴力を振ったのは、たったの一度きりのことであった。出会いの日、アンチバザルタの一族で生き残った少女に剣を向けた。長老の息子である兄の身柄はすでに確保していた。少女の方は、あまり暴れるようであれば殺してもかまわなかった。父の亡骸を抱え座りこんだ少女は刃の先に顎を持ち上げられ、ようやく顔を上げた。
ユーリはぞくぞくと憎しみの瞳を期待していた。年端もゆかぬ少女を手折る快感を想像するとそれだけで背筋が震えた。しかし少女はまっすぐにユーリを見つめると、それきり詰ることも命請いをすることもしなかった。ただ曇りのない瞳で男を見つめただけである。ユーリは見つけた、と思った。いくつ命をいたぶっても満たされなかった渇きがそのとき初めて豊潤に満ち満ちた。この少女をきっと自分は探していたのだ、それは体中の血が湧くような感動であった。
顎の先を伝い落ちた鮮血を指の腹でぬぐいユーリは微笑んだ。ごめんなさい、あなたはもっともっと残忍なやり方で苦しめて差し上げなければならない、さあ、おいでなさい。
少女を無理矢理に立たせながら朱色の指先をぺろりと舐めると、初めて感じる幸福にユーリはひひと笑った。
少女を効果的に痛めつけるには他者を壊すのがなにより簡単だとは最初からわかっていた。彼女は自らに向けられる刃には微塵もひるまなかったのだから。
ユーリは次々傷つけた。そうしてそれはそれは楽しそうに少女に語った。少女の涙は至宝の宝石のように見えた。愛おしかった。
しかし解放の日は訪れる。夢見ていたそのときは慌ただしい騒音とともにやってきた。バザルタの崩壊の音は内側のミシーにもよく聞こえていた。ユーリはその日帰ってくると、あなたはここで待っているんですよ、そう言ってミシーを最上階のバルコニーに残した。そうして自らは室内にもどる。ミシーはその背がガラス扉の向こうに消えるとともに笑った。待ち望んだ日がついにやってきたのだと確信する。少女はゆったりと考えた。最後に告げる別れのことばはなにがいいだろう、なにがもっとも彼のこころを抉るだろう。一番いいのを考えてやらなくては。くすくすくす、笑う少女は一族を虐殺されたあの日とおなじ、ひどく純粋な目をしていた。
少女のほかは誰も知りえることはないが、ユーリのことばはある種真実であった。
「すべてミシーが悪いのです」
他人の痛みに涙することによって自らが生き延びる道を選ぶことに、彼女には一切の躊躇もなかったのだから。
そうして少女はひどく幸せな顔で男に最終宣告を下す。
「さようならユーリ、私は今、とってもしあわせよ」