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闇に射る①

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闇に射る

 灼熱の太陽が死者をあざ笑うように腐敗させていく。
 
 
 今しがた言葉を交わしていた者も、一瞬の隙でただの肉塊となった。
 
 
 むせ返る青草の臭気の中、目ざとく死の気配を嗅ぎ取ったハエが地表一帯をせわしなく飛び回り、タソガレドキ城忍組頭 雑渡昆奈門の周囲にも纏わりつく。彼の皮膚を舐めようとするハエはそこらの肉塊と同じ臭いを感じて寄ってきたのだろう。

(残念ながら、自分はまだ、死んではおらぬ)
 
 雑渡は眉を顰めた。元々傷んでいる皮膚は包帯なしでは外気に晒せない程ただれている。そこへさらに、この戦で負った傷が暑さで悪化していた。傷口に塩を塗るように重い具足が皮膚を擦り、膿と汗とで包帯が濡れて不愉快この上ない。痛みには慣れているが、鬱陶しいハエを引き寄せる腐りかけた包帯だけでも新しいものにしたかった。

(まるで死人の皮膚を纏った生者だな)
 
 雑渡は心中で苦笑した。己の皮膚の生死はなんと曖昧なことか。そもそも、全てが極限状態である戦場において自分自身がまだ生きているという証はどこにあるというのか。既に骸と化し、この意識は唯の魂かもわからないのだ。
 しかし、彼に生を認識させるものはこの瞬間でいうならば、皮肉にも纏わりついてくる無数のハエだった。それはまだ己の存在が物質である事を証明していた。雑渡がハエを片手で追い払うと数匹がブブブ、と大きく迂回する。
 自分の生死などどうでもいい、と雑渡は眼前の荒地を見渡した。この場所での目的は達成できたのだ。後は負傷した部下を陣に連れ戻し、次の策を練る。
 けたたましい蝉の声と遠くで聞こえる銃声を聞きながら雑渡は死体の間を縫うように歩いた。

 
 部下が倒れていた場所に戻ると人影があった。雑渡は本能的に息を潜め木陰に隠れる。
 残党かもしれない。懐で得物を手にして様子を伺った雑渡は、その人影の正体に驚く。

―――それは、少年だった。

 忍び装束を纏った少年が部下の手当をしている。
 最初は戦場に出没する賊忍かと疑ったが、物を盗っている様子でもない。遠目で見る限り、部下の明後日の方向に曲がっていた右腕には添え木が当てられ、適切な処置がされていた。見知らぬ少年の行動に雑渡は軽い混乱を覚えた。
敵軍の勢力は調べ上げている。若くて医療行為の出来る忍者は居ないはずだ。かといって他軍の忍がこの戦場に紛れているとも考えにくい。もしそうであったなら雑渡の部下がすぐに報告に来るだろう。

(敵か味方か判らぬ者……斬るか)
 
 雑渡は忍びとして至極当然の思考回路で自身の行動を決めた。

 
 遠方に響く銃声に足音を隠し、少年との間合いを詰めていく。蝉の声が悲鳴のように煩い。
 雑渡は瞬きを止め、少年の横顔を見た。
 表情は淡々としていて感情というものが伺えない。頬にはまだあどけなさを残しているというのに、人間の生死を目の当たりにして崩れない冷静な表情は不釣合いだった。黙々と処置をする手元の動きは迷いがなく、その若さにしては見事なものだった。
 もしかしたら極限の戦場に現れる亡霊か物の怪のたぐいか、と忍者組頭にしては非現実的な事を一瞬思案したがそれはすぐにかき消された。彼の横顔に走った光に視線を奪われたのだ。
 幼い顎先から次々と落ちる汗に太陽が宿って光る。その流れ落ちる汗だけが彼の生気を証明しているようだ。そして血なまぐさい地面に着地すると同時に吸い込まれていった。

 荒れ切った野に無数の死体と病人、深手を負った人間が転がり、耳に届くのは銃声、うめき声、悲鳴、蝉の声。

 言うならば地獄。この見慣れた光景。その中で鮮明な存在感を放つ少年の汗は、眩しい程の生命力を孕んで雑渡の目に突き刺さる。
(目を、奪われてはならぬ)
 雑渡は身体と精神に染み込んでいるはずの三禁に危機を感じた。任務において関わる事を避けていた“情”の影が心を掠めたのだ。
 敵か味方かもわからぬ子供一人を殺すのに必要なのはまばたき程の間で十分であるのに、未だ立ち竦んだままの自分がいる。
 一度意識してしまえばどんどん大きくなる少年を殺める事への躊躇。久しく遠ざけていた感覚がにわかに輪郭を持ちはじめ、雑渡の心中に動揺が走りはじめていた。
『任務遂行時の不審者は排除』自分の中で揺るぎなかった忍者の掟が初めて色褪せる瞬間を自覚した。そのとき、

「もう、大丈夫です」

 呟くように少年が言った。涼しい、風のような声で。
 悟られたか、と雑渡は剥き出した片目をさらに見開いた。
 少年はこちらを見ず、目の前の負傷兵を優しく撫でた。先程の言葉は自分ではなく満身創痍の部下に対して発せられた言葉だと気付く。同時に雑渡の身に突風のような衝動が駆けた。

(この子を殺す事は出来ない)

 彼に対して忍者として果たすべき行動が取れないと自覚した今、雑渡はただ一人の人間だった。 
 草むらから気配を表し、少年の背後から声をかけた。

「その包帯、少しもらえないか」
 
 振り向いた少年は信念の強さを湛えた瞳で雑渡を捉えた。
 その瞳はあまりにも若く、真っ直ぐで、そして眩しかった。


―――雑渡は忍者として致命的な弱点を抱えようとしている事にまだ気付いていなかった。
作品名:闇に射る① 作家名:aya