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隠し味は愛情です

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「じゃあ先輩には日頃お世話になってますから、今日は夕飯ご馳走しますよ。」
後輩である黒沼青葉が両親不在の時には自分で食事の準備をするのだと聞き、帝人はいたく感心した。一人暮らしをし出してからはともかく、帝人は実家にいた頃は台所に立つことなんてほとんどなかったのだ。
だから純粋に、すごいねと青葉を褒めた。褒められた青葉は少し照れくさそうに笑い、まるで普通の子どものように見える表情をしていた。
そこから話は転がり、ちょうど本日も両親不在の日なのだと青葉が言い、冒頭の発言へと繋がった。
「でも、そんなの迷惑じゃあ、」
「いいんですよ。一人分って言っても、何時も多く作りすぎちゃうんで。先輩に来てもらえるなら、助かります。」
むしろこちらからお願いしたいくらいだと口にする青葉は、誘い方が上手く理想の後輩そのものだ。
帝人は少し迷ったが、そこまで言われたら断るわけにもいかないだろう。じゃあご馳走になろうかなと、頷いた。
案内された青葉の家は、帝人の実家とあまり変わらない大きさをしていた。
「お邪魔します。」
玄関に靴を並べ、誰もいないとは聞いているが、帝人は一言声をかけてからフローリングの床に足を乗せる。青葉にすすめられるままにスリッパを借り、先を歩く背を追った。
「では、僕は作っちゃいますから、先輩は僕の部屋でゆっくりしててくださいよ。」
階段をのぼり二階の青葉の部屋に案内されると、青葉はそう言ってすぐに下に降りていってしまった。帝人は所在なさげに立ち竦むが、とりあえず腰を下ろすことにする。
初めて来る青葉の部屋を、ぐるりと見回す。勉強机と平べったい机とベッドとタンスと本棚。基本的にはそんなものが配置されていて、あとは細々としたものがいくつかある程度だ。ものすごく綺麗ではないが、整頓された部屋だと思った。要領の良さとは、こんなところにも発揮されるのだろう。
案内する時に一緒に運んで来てくれたオレンジジュースを飲み、さてどうやって時間を潰すかと帝人は考える。青葉の手伝いに降りていったほうがいいのかもしれないが、逆に足手まといになる可能性が高い。帰りに材料を買わずに、あり合わせのもので適当に作るのだと言った青葉は、かなり手慣れていそうな様子だった。帝人とて一年ほど自炊をしているのだが、食べれさえすれば構わないという考え方から、レパートリーは少ない。
仕方がないので、締め切りの近い課題を鞄から取り出し問題を解き始める。問題数自体は少ないが、あまり得意ではない教科であるからはやめに終わらせておいて損はないだろう。
そう思い取りかかると予想通りに苦戦し、青葉に扉越しに声をかけられようやく、ある程度の時間が過ぎていたことに気付いた。
「すみません、両手塞がっちゃってて。開けてもらっていいですか?」
「あ、うん!ちょっと待って。」
急いで課題や筆記用具を脇にどけると、帝人は立ち上がり扉に向かう。扉を開けると、青葉が大きなお盆に料理を乗せて立っていた。
「ごめん、青葉君!言ってくれたら取りに行ったのに。」
「いえいえ、先輩はお客様ですから。」
申し訳なく思う帝人に気にしないでくださいと微笑むと、青葉は先程まで帝人が使用していた机にお盆を置く。その際、脇にどけられた課題プリントが眼に入ったのだろう。
「それにしても、先輩って真面目ですね。適当に本棚から取り出して読んでくれて良かったんですよ?気にしませんし、僕。」
「…うん、」
別にそれぐらいのことで青葉が怒るとは思っていないのだが、そうはいっても、こればかりは性分だ。曖昧に笑みで誤魔化し、運ばれてきた食事へと話題を替える。机の上には、白米とシチューとサラダが並べられていた。
「青葉君が作ってくれた料理、美味しそうだね!」
「本当ですか?シチューなら、いろいろ入れられるしそんなに手間かからないかと思ったんですよ。それに、最近はまだ寒いですから。」
「楽しみだなあ。」
「あんまり期待しないでくださいね。」
少しだけ緊張した面持ちの青葉に、帝人は和やかな笑みを浮かべた。
二人で手を合わせてから、早速シチューをスプーンですくい口に運ぶ。青葉の作ったシチューは帝人には珍しいことに鮭が入っていて、少し生臭いような気がしたがすぐに気にならなくなった。
「うん、美味しいよ!」
「よかった!自分で作ったものを誰かに食べさせたの初めてだから、心配だったんですよ。」
安堵したように、青葉は肩を揺らす。帝人以上に顔立ちの幼い青葉がそうすると、頭を撫でてあげたくなるような可愛らしさがあった。
見合って手を合わせると、二人は食事に支障が出ない程度に会話を交わしながら、料理を口に運んでいく。数十分の内に、すべての皿が空っぽになった。
「美味しかったよ、青葉君。ごちそうさま!」
「帝人先輩に喜んでもらえたなら嬉しいです!お粗末様でした。」
自分の分の空いた皿を重ねた青葉は、柔らかく口角を緩める。
「でも、本当に良かったです。帝人先輩が気持ち悪くならないで済んで。」
「…え?」
帝人にはアレルギーのある食べ物はなく、嫌いなものも特にはない。だから、青葉の言葉が何を指すのかよくわからなかった。
だが、次に聞こえてきた言葉に胃の中がひっくり返る思いがした。
「生臭さとかどうやって消そうかと思って悩んだんですけど、牛乳をたくさん入れて鮭を入れたのが良かったんでしょうね。先輩が美味しいって食べてくれて、僕、たまらなくなっちゃいました。」
幼さを思わせる笑みでありながら、青葉の眼は熱を帯び帝人を射抜く。少しずつはやくなっていく鼓動と頭の中で響く警鐘に耐えきれず、帝人は唾を飲み込んだ。
「…それって、」
どういう意味と帝人が言う前に、青葉が遮る。聞きたくもない答えが、返ってきた。
「もしかしてあれが隠し味になったのかな。なんてったって、僕から先輩への愛情ですもんね。――俺の、精液。」
急激に胃液が喉元までせり上がり、気持ち悪さに吐き気を催した。口の中から食道も胃もすべて粘り気を帯びているような気がして、帝人はうずくまる。吐き出したいのに吐き気ばかりで実際に嘔吐することは叶わず、それが余計に辛かった。
頭上では、心配そうでもあり嬉しそうでもある声音で青葉が呼びかけてくる。瞬間的に湧いたのは、殺意に近い怒りだった。
出しっぱなしの筆記用具入れからボールペンを取り出し、普段からは考えられないはやさでモーションを繰り出して青葉へと振りかざす。そのままいけば、以前とは反対の手に穴が開くはずだった。
けれど、ボールペンは突き刺さる寸前で軌道をずらし、机に穴を開けた。
帝人は額に汗を滲ませ青ざめた顔で、小さく笑った。
「帝人先輩…。」
「…そんな嬉しそうな顔する相手に、喜ぶことしてあげるほど優しくないんだ。ごめんね。」
ボールペンが別の場所を刺した瞬間、青葉が見せた絶望の表情で溜飲を下げることにして、帝人はコップを掴みお茶をがぶ飲みする。食べてしまったものは仕方がないから、どうにか洗浄したかったのだ。
「僕の精液が帝人先輩の血肉になって、帝人先輩の発する怒りを僕が身を持って受け入れる。…素敵な循環だと思ったのになあ。でも、そういう予想外なところも好きです!」
作品名:隠し味は愛情です 作家名:六花