そう、いつだって僕には厳然とした支配が待っているから
だからといって、わざわざ青葉に臨也のもとに向かうよう頼むのだから、意地が悪いことだ。我らが総長は。青葉が臨也を嫌悪していることを、帝人は知っているだろうに。他の人には頼めないんだ君しかいないなんて言われてしまえば、青葉が否と言えないのも、どうせ想定内だ。なんて小憎らしい人だろうか。
だが、帝人にそう扱われることが不本意なわけではない。あの人がそんな風に扱うのなんて、自分くらいなのだから。
「じゃあ、これ。ちゃんと帝人君に渡しておいてね。」
お使いご苦労様と笑う臨也に、白々しく青葉も笑い返す。帝人からの扱われように不満はないが、それを他人に嘲られるのは腹が立つ。ましてや、相手が臨也であれば尚更だ。
瞳だけ冷たく眇め、青葉はお邪魔しましたと臨也に背を向ける。帝人が必要としている書類を受け取れば、ここに用はなかった。喧嘩を売るほど、青葉は短慮ではない。臨也はともかく、帝人の不興を買いたくはないのだ。
「あれは林檎か、はたまた蛇か。」
けれど、臨也の口は余計なことにばかりよく回る。
「君は楽園を追われてしまうよ?」
青葉は振り返らなかった。その必要性も、義理もないのだから。臨也がどんな表情をしているかなんて、想像に容易い。
「…かまいません。楽園よりあの人のつくる地上のほうが、ずっと素敵ですもの。」
「ああ、とっくに毒にやられているんだね。それはそれは、ご愁傷様。」
耳障りな笑い声を聞きながら、青葉は右手の中指で手のひらの傷をなぞった。
「あなただって、もう手遅れのくせに。」
「知らないのかい?毒蛇はたとえ誤って自分を噛んでも死なないんだ。免疫があるからね。」
するりと耳穴に滑り込む、麗しい声質が厭わしい。帝人の声であるならば、何時間だって聞き入れるというのに。
「でもあの子は、何時か自家中毒を起こしてしまうかもね。それはそれで、面白いけどさ。」
帝人と臨也は本人たちが言うには友人らしいが、はたしてそんな生温い感情が本当に互いに生まれているのか。少なくとも、臨也が本気で友情なんて感情を抱くとは思えない。
「…そんな心配いりませんよ。あの人の毒なら、すべからく僕が受け止めますから。」
(だから、お前なんかを帝人先輩に付け入らせはしない。)
「ははっ!気持ち悪いなあ、君って。」
「あなたには言われたくない。」
「違うでしょ?彼以外には、の間違いじゃない?」
笑い声に、わずかに呆れが混ざる。盲目だと、狂信的だと、思っているのか。
「君にとっては、彼は林檎でも蛇でもなく楽園の創立者なのかな。」
そんな筈がない。閉じた眼なんかでは、帝人のなにをも知ることは出来ないし、帝人を絶対だと信じているわけでもない。
「まあいいや。さあ、とっとと、君の神様のもとにお戻りよ。黒沼青葉君。」
だが、構わない。勝手にそう思って侮っていればいい、今は。
再びお邪魔しましたと告げ、青葉は臨也の事務所を出る。
血が濁ったような赤を見てしまった後は、深く澄んで底の見えない蒼を見たくなった。
作品名:そう、いつだって僕には厳然とした支配が待っているから 作家名:六花