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八月下旬、残暑はきびしい

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日本の夏。
八月も後半になると朝と夜はひんやりとしている。
日によっては肌寒いほどで、うっかり夏気分で寝ていると風邪を引いてしまうくらいだ。そうはいっても昼間が暑いことには変わりなく、強い日差しによる日向と日陰のコントラスト、高い湿度と気温に、どうしても気が抜けてしまう。
たとえ容姿が整っている欧米人でもだ。

イギリスさんは我が家の縁側に腰掛け、ただ、ぼおっと庭を眺めている。
着ている甚兵衛は、ずいぶん前の夏に用意したところ、簡単に着られる着物だと気に入ったためそれから毎年買い足しているものだ。今年も新調をしたが、それを着ていると何だかまぬけに見えて、昼下がりの空気によく似合っている気がした。
夏といえどもスイカが美味しいのは最初の内だけ。なので今日は一足早く収穫された梨を切り、イギリスさんにお出しする。
静かに縁側までいき、カタリと音を立てて梨の乗った皿を置くと、近づいたことに漸く気づいたのか、緩慢な動作で私を見上げた。
隣に、そっと腰掛ける。
「梨です、瑞々しいのでいかがですか」
そういうと、やはり緩慢な動作で爪楊枝の刺さった梨をつまむ。
綽々と食べる姿が何とも可愛らしい、図体はデカイが小動物みたいだ。
咀嚼する音に混じって、時折風が家に入り込むのにつれてちりーんとなる軒先の風鈴の音色と外のうるさい蝉の羽音が頭に響く。
(イギリスさんが私に気付かなかったのは、この音のせいか、夏の暑さのせいか)
つらつらとどうでもよいことを考えていると、ポツリと隣から呟きが聞こえた。
「気怠げだな」
それは日本語の会話で、少し驚く。もちろん彼が日本語を話せることは知っているが、私も彼も不思議な共通語があるし、そのほかは英語の会話が多いからだ。
「こういう雰囲気を‘気怠げ’っていうんだろ?」
「ええ、そうです」
この時期はどうしても気が抜けてしまう。
八月上旬は忙しい。
いや、私のとても個人的でなかなか人に言えない趣味だけでなく、公のスケジュールもだ。なんやかんやと行事があり、しかし下旬は特になにもない。何もないからこそ、こうして連休が獲れるのだ。
もう気の弛みはどうしようもないことだろう。
世間だってそうだ。
上旬・中旬までは旅行に行ったりお盆で親戚付き合いをしたりと忙しいが、下旬はもう仕事が始まり、けれど暑いのでやる気はない。
子ども達はやがて来る学校再開に向け、いやいやと宿題をこなす。
夏休みの間際にやる宿題が楽しいなんて子は、一万回も夏を繰り返してしまった某SOS団の団長ぐらいだろう。
そして、残暑の熱さは言わずもがな、だ。
そんなわけで八月下旬はどこもかしこも気怠げであった。
「俺たちの方ではこういう雰囲気に染まることはないな、なんだか妙な気分だが、悪くない」
そういって私の方に顔を向けた。
ゆるく、微笑む。
力一杯の笑顔ではない、強く包容をするわけでもキスをするわけでも顔に手が伸びてくることもない。
けれど、とても幸せな気持ちになる。
思えば、つきあい始めた頃の私たちは確かなものが欲しくてそういうことしてばかりだった。互いに初めての関係に浮かれていたのもあるし、あの頃の不確かな情勢が後押しもしていたと思う。
若人のようにガツガツとつきあっていた。
けれど今はこの関係が心地よい、私たちの関係はこのカタチが正しいあり方なんだと思えるほどに。それがこの存在によるものなのかそれとも私たちの気質によるものなのかはわからないが、幸せなことが重要なのだと知っている。
私たちの関係はまるでこの残暑の気怠げな雰囲気だ。
「俺たちの関係みたいだな」
「え?」
心の中を読まれたようで声を出して驚く。
その声に少しビックリしたのか、表情を動かしたイギリスさんがもう一度繰り返す。
「だから、この雰囲気が俺たちっぽいなって」
イギリスさんはそのまま話を続ける。
「日本のことを愛している。
けど、今月みたいに忙しい日本に無理矢理時間を作れとは、ずっと側にいろとは思わない。こうして、休みに二人でダラダラとゆっくりするのが良い。
昔みたいに暑苦しい関係はもういらないな。
いや、日本を愛してる気持ちは変わってないからなっ!」
いきなりはじまった告白と考えていた事が同じだったことに顔が火照ってしまう。
「…もう!イギリスさんたら……、年寄りをのぼせ上がらせないで下さいよ」
茹で蛸のように赤くなっただろう顔が恥ずかしくて、俯いて手で顔を覆った。
手の隙間から。ああとか、ううとかくぐもった声が漏れると、白い手が私の顔から手を外した。
「たしかに適度な距離が好きだっていったけどな、顔を隠すのはないだろ、恋人同士だろ?もっとみせろよ」
気怠げな雰囲気から一転、いつの間にか火がついたイギリスさんが悪い顔をして笑う。
ますます赤くなる私にイギリスさんは、顔に手を伸ばしキスをし強く抱擁した。

ああ、確かに残暑のようだ。
気怠げな雰囲気にまったりとした時間感覚。
けれど夏であることに変わりはない。
残暑の熱さは衰えることなく、しつこいのだ。
作品名:八月下旬、残暑はきびしい 作家名:kana