二人の王
森と共に生きる妖精族の城は美しい。その廊下を金髪の若者と白髪の少年が歩いていた。
初めて此処を訪れた人間の少年は何もかもが珍しいようで、あちこちに視線を向け好奇心をむき出しにして城内の様子を観察している。
新しい発見があるごとに感嘆の息を漏らしそうにする彼を、金髪の妖精族――ユールフィンデは微笑ましく思い、くすりと笑った。
彼を泊める部屋まで案内するよう王に命じられて、共に歩を進めていたのだ。
「そんなに気になるものが多いのかい」
「ああ、全てが珍しい。椅子一つ取ってもこの美しさ、人間の暮らしの何と貧しい事か」
「これから発展していけばいい。君はその為に我らを訪ねてきたのだろう?」
「そうだな」
笑みを浮かべながら首肯した彼の瞳は理想に燃えていた。希望に満ちた未来を、人の可能性を信じて輝いていた。
妖精族の中には人間を蔑む者が少なくない。異なるものを排除したがる、他の種族を下に見る。それはどの種族とて多かれ少なかれ同じだ。不思議な考え方ではない。
ユールフィンデはそうした思想の持ち主ではないが、対等だとも思っていない。種族の特性の違いは大きいのだから、比べる事自体がそもそも無意味なのだ。
だからこそ、この少年のような善き思いを持つ者には好感を持つ。
彼のような人族がもっと現れれば同胞で争う人族も良い方向に進めるだろうに。ユールフィンデはそんな内心を微笑の下に押し込めて口を開いた。
「後で私が城の中を案内しようか」
「本当か?」
ユールフィンデの申し出に少年の顔がぱっと輝いた。
「私はユールフィンデという。君の名は?」
「――タイタスだ」
***
「ほう」
ユールフィンデの姿を認めた人間の王は、にたりと笑って目を細めた。
彼が手にした抜き身の剣は炎を映してぎらぎらと輝いている。
処女雪のごとき白髪を熱気に揺れるに任せ、燃え盛る森を背に立つその男は、悪鬼そのものだった。
「久しいな、ユールフィンデ。今の王はお前か。大したものだ」
ユールフィンデの記憶に残っている彼は、真摯な目で人間を救いたいと言っていた少年だった。魔術の奥義を得られずに肩を落として森を去って行く孤独な背中を覚えている。
そんな彼が小人の軍勢を率いて森に火を放ち、人間には到底扱えぬはずの強力な破壊の魔術を駆使して、妖精族の領域を侵攻している。
にわかには信じがたい事だった。一体あれから彼の身に何があったというのだろう。
だがそれを気にしている余裕はない。彼に捕まれば命を奪われかねない。どうにかして魔手から逃れなければならない。
危機的な状況こそ冷静であれ。己にそう言い聞かせながら魔術を詠唱するユールフィンデの声音は涼やかで、落ち着きを保っていた。
***
特殊な魔術が施された鎖によって両腕を戒められたユールフィンデは、屈辱と諦念に苛まれた顔をしている。
タイタスは床に膝をついた彼を見下ろし不遜な笑みを浮かべると、優雅に衣を翻して豪奢な造りの椅子から立ち上がった。
皇帝の手が虜囚の額を飾る宝石を外し、指先でくるりと回す。それは窓から降り注ぐ陽光を受けて、高貴な輝きを見せた。
「美しいだろう。翡翠のシルハだ」
確かにその透き通る緑の宝石は美しかった。だが、同時に言い知れぬ魔力が込められている事も感じ取ってしまい、ユールフィンデは戦慄した。
毒で眠らされている間に額をこれで封じられてしまっていたのだ。みすみす捕らわれた己の不甲斐なさに唇を噛む。
「やめておけ、唇から血が出るぞ。妖精族は総じて整った顔をしているからな。王であるお前なら尚更だ、傷がつくのは嫌がられるのではないか?」
目敏く気付いたタイタスの嘲笑うような視線がユールフィンデの端整な顔を這う。
「これは魂を縛る。妖精も、小人も、巨人も、竜さえも、誰であろうとこの秘石には抗えぬ。永遠にな」
タイタスはくつくつと喉の奥で笑うと、再び翡翠のシルハを妖精王の額に飾った。
秘石が触れた一瞬、ユールフィンデの体に奇妙な感覚が走る。それはすぐに消えてしまったが、強い魔力だという事はすぐに知れた。
肉体と精神の呪縛。支配された――本能がそう告げていた。
「さすがは麗しき妖精王。よく似合っているぞ」
清冽な泉のように静かな瞳が、愉快そうに戯言を口にする男の顔を映して揺れている。