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この前見た夢の中で風馬が「オレ37歳なんだよね」とか言ってた

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ヘルメットを脱いだときに現れた、しゃらりと揺れる銀色の大ぶりのピアスが目を惹いた。
「ピアスしたままなのか」
「ん……ああ」
 汗に濡れた頬をタオルで拭いながら、問いかけられたジャックはぱちくりと目を瞬かせる。まるで風馬の言葉の意味するところをまるで理解できていない様子だった。
「空けたばっかり……なわけはないな」
 かつて王として名を馳せていたころのジャックを思い出す。3年ほど前、突如としてネオドミノシティに現れた若きD・ホイーラーの耳には、その時既に今と同じピアスが揺れていた。風馬がそんな回想をしているとは知らぬジャックは、タオルでも置こうとしたのか、風馬のいるところからは逆に向かい、踵を返す。
「ジャック」
 手が伸びたのは無意識だった。離れていくジャックを呼び止めようと、風馬が摘んでしまったのは、ピアスのつけられた耳朶だった。
「えっ」
 そんなところを捕まれるとは思いもしなかったのだろう。ジャックの身体はぐんと後ろに引っ張られ、素っ頓狂な声が上がった。少しばかり赤らんだ顔がすばやくこちらを振り返り、睨む――というよりは見つめてくる。
「な、なんだ、いきなり!」
「すまない、つい……」
 風馬自身も意図してやった行動ではないので、苦笑いするしかない。よほど意識が彼の耳朶に集中してしまっていたのだろうか。
「いや、ピアスしたままだと、ヘルメットに引っかかって危ないと思って。最近ライセンスの取得講習の担当になることもあるんだけど、注意事項のひとつ挙げられてるんだぜ?」
「俺がライセンスを取得した頃にはそんな話なかったぞ?」
「最近は受講者が増えた分厳しくなってるからなあ……」
「風馬」
「ん?」
「……いい加減放さないか」
「あ」
 言われてようやく気づいた。風馬は先ほどから、ジャックの耳を掴んだままだったのだ。あわてて指を離す前に、ふと目がピアスから少し上、ジャックの耳を捉える。ジャックは背も高く顔も良かったが、まじまじと見てみれば、耳の形も非常に綺麗だった。「……風馬?」こんなところまで彼の容姿は恵まれているのかと思うと、僅かにわいた羨望も何処かに吹き飛んで、純粋に感心してしまう。親指と人差し指を、こすり合わせるように動かしてみる。「何してる……おい、っ」軟骨のこりこりとした感触が気持ちいい。肌もすべすべだ。耳の裏側をつうとなぞりながら、ピアスの填まっている耳朶まで降りる。「―――っ!!」子どものそれのように柔らかい耳朶を引っ張る。気持ちがいい。ジャックの息が詰まる音が近くで聞こえる。大ぶりのピアスは耳を弄くるのには少し邪魔だ。
「かっ、風馬っ!!」
 一際大きな、しかし上ずった声が風馬の意識をぐいと引き戻した。
「そんなに触るな……っ」
 耳だけに集中していた視線が広がる。ジャックは顔を赤くして息を荒げていた。ぴくぴくと眉間が震えている。――感じてしまったのだろうか。それでも風馬の手を無理やり振り払わず、声もいつもより小さい。そんな反応をされると調子に乗ってしまうよと、風馬は心の中で呟いて、指を離すかわりにジャックの身体を押して、すぐそこにあった椅子に座らせる。未だ頬を赤らめたままの、桜色に染まった耳のあたまを、ぺろりと舌で舐めれば汗のしょっぱい味がした。
「なっ!?」
 オーバーリアクション気味に肩を跳ねさせる様はまるで悪戯された子猫のようだ。
「悪い、ちょっとだけ、許してくれ」
 そう耳元で囁けば、ジャックは肯定するように少し俯く。ジャックは風馬に対してあまり強気に出てこない。事故のことを未だ気にしているからだとしたら彼の純粋な謝罪の気持ちを利用してしまっているようで、気分は良くなかったが、調子に乗った欲望は身を引くことをしない。
 甘噛みすればジャックの吐息が漏れ、いやいやするように首が横に動かされる。揺れたピアスが顎に当たる。裏側を、指でしたのとは逆に舌で舐め上げる。ジャックの手がぎゅっと風馬の制服を掴んだ。今度はまた表側にまわって、溝に舌を這わせる。唾液のぬめりの立てる音が鼓膜の間近で聞こえるだろうか。耳朶は既に熱を持って赤くなってしまっている。そのままもっと奥へ奥へと差し込もうとしたときガチャという鈍い音が邪魔をした。
「ただいまーっと……あれ、風馬? 来てたんだ」
 第三者の乱入に、とうとう風馬はジャックの耳から離れざるを得なくなる。顔中マーカーだらけの、旧サテライト担当だったデュエルチェイサーズからは悪名高い、ジャックのチームメイトのクロウ・ホーガン。今は配達業をしている彼が、仕事から帰ってきたのだ。そうだ。ここはジャックたちの住む借家のガレージ。第三者はむしろ風馬の方である。
「何してんだ?」
 あまりにもジャックとの距離が近すぎたためだろう、クロウが首を傾げて訊いてくる。
「いや、そのっ、こ、これはだなっ!」
 焦ったジャックがぱくぱくと口を動かすがうまい言い訳が見つからないのだろう。すかさず風馬がフォローに回る。
「ジャックのピアスを付け直してあげてたんだ、ヘルメット脱いだときに引っ掛けちまったらしくて。なあジャック!」
「あ、ああ、そうだな!」
「お前、ピアスくらい自分でつけろよな……」
 腕を組んで頷いたジャックに、呆れたようにクロウが溜め息を吐く。流石にジャックもピアスの付け外しくらい自分で出来るだろうに。
「風馬もジャックを甘やかさなくていいんだぜ?」
「……あ、いまさらだけどお邪魔してます」
 話をふられて、ぺこりと頭を下げる。
「どうせならそのままセュリティでジャックを雇ってくれよ」
 冗談めかして笑われたので、こちらも笑うしかなかった。
「ああ、そうだ、そろそろ休憩は終わりにしないとな、ジャック。続きをしに行こう」
 椅子の上のジャックの肩を叩けば、脊髄反射の如く速さでジャックは立ち上がり、ああそうだなと少しばかり上ずった声を出してヘルメットを掴んだ。
「真面目に仕事してこいよー、ジャックー!」
 クロウの、あまり期待の籠められていない声が響く。不自然に早いふたりの歩調には、気づかれることはなかったようだった。

 D・ホイールを走らせながら、ジャックが話しかけてきた。
「……お前につられて一緒に来てしまったが、仕事はもう終わりじゃなかったのか?」
 そう、ジャックに手伝って貰っていた仕事はもう終わって、本当はポッポタイムまで彼を送り届けた際の出来事だったのだ。だから仕事の続きなんて、本当は存在しない。
「あまり無理をするなといつも言っているだろう」
 心配そうにジャックが言うのに、バイザー越しに微笑みを返す。
「ああ、だから、今日は無理をしないようにと思って」
「ん?」
「……さっきの続き。俺の家でいいか?」
「――っ、お前、そういうことかっ!」
 ジャックの顔が赤くなる。ヘルメットに隠れて見えないが、きっとあの綺麗な形をした耳も赤く染まっているのだろう。
「お互い無理しないのが一番、だろ?」
 そして2台のD・ホイールは、同じ場所を目指して走る。