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ここに在る意味

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 雁字搦めのぐるぐる巻き。棘の鋭い腐った蔦。動かない身体と、小さくなっていく心。
 そうやって私は消えていくんだ。そう思ったら、流れてもいいはずの涙があっさりと退いた。寧ろ、乾ききった眼を開けているのが辛いくらい。
 ありがとう、と、さようなら。どちらを残せばいいのか迷うこともなく、私という存在は消えていく。
 
 漆黒の空に浮かぶ星の仲間になれるんだ、なんて、そんな夢は見ないことにしている。消滅した魂のいく先なんてたかが知れている。
 冷たい天井と機械的で規則的な電子音が、私を暗闇へと誘うようだ。

 もう、終わる。それでいい。
 このまま瞼を伏せれば、こんな汚い世の中とは切り離されるのだろう。それがきっと、私にとっての幸福。


 けれど、私は聞いてしまった。

 『凪』

 温かくて、優しくて。

 『……凪』

 聞いているだけで涙が滲むような、そんな声を。



 蔦が緩んだ。と思えば、銀色に光る鋭利な槍が蔦を抉っていた。
 棘が刺さって血だらけになっている私の身体は、その静かな攻撃に救われてしまった。
 途端、何かが私の眼から溢れ出た。一つしかない、左目からつらつらと温かいものが頬を伝っていく。

 消えたくないなんて思ってはいけなかったのに。私はここに在ってはいけなかったはずなのに。
 何て苦しいのだろう。息が詰まる。それなのに流れ出したそれは止まらない。

 
 『おいで、凪。君はまだ消えてはいけない』

 熱い。苦しい。
 耐えきれなくなって腕を伸ばした先には。








「骸、様……」
「随分とうなされていたようですね。そんなに汗を掻いて、よほど悪い夢を見たようだ」

 頬を撫でる大きな掌。甘い声と柔らかい微笑み。
 ……実感する。私がここに在ることを。

「今夜は傍に居ますから安心して休むといい。夜更かしは女の敵ですよ」

 存在してもいいと言ってくれた大切な人も、ここに在る。
 

 そうして私はまた、何度目かの涙を零すのだ。






fin.
作品名:ここに在る意味 作家名:遠野