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白昼堂々

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 所用から戻り書院に入る。すっかり袴を脱いで楽なかっこうになると、じきに侍女が白湯を持ってきた。盆の上には、白湯の入った湯飲みと狗尾草が一輪挿しに活けられている。……どうした、それは。お誘いにございます。よくよく見てみれば、一輪挿しの影に緩く結ばれた料紙が置かれている。その送り主を思い浮かべ、真田はくちびるを緩めた。侍女を下がらせ、白湯を半分まで喉に流し込む。折りたたまれた料紙を解き、膝を上に広げる。日時が書いてあるのみの短い手紙である。最後に即火中の三文字。なるほど料紙もそこらにあるようなものであるし、筆の跡も走り書きに近い。真田は肩を揺らせながら燭台の炎にその紙をくべた。
 日時だけ書いた紙を花に結び付けて送る習慣は変わっていない。あの頃は椿だったが、夏や春に咲いている花ではない。畢竟、庭やそこらに生えている花や草に仮託して送ることになった。最近はもうずっと真田が呼ばれることが多い。……伊達が京に戻ってきてからもうそろそろ半年になる。彼の茶の湯の腕の上達の様子は、流石、すさまじいと言うよりない。元が武芸一辺倒の真田などすぐに追い越してしまった。夏の盛りの、少し動いただけで汗の浮かぶ季節である。
 指定の日に伊達の屋敷をおとなうと、狐顔の侍女が真田を奥まで連れて行った。あれからなんどか伊達の屋敷に行き気はあるが、この侍女の足音のなさはなにごとだろうと真田はいつも思う。真田も相当気をつけて足を運んでいるが、どうしても足裏はばたばたと音をさせてしまう。迎えた伊達はそのたびに、あんたが来るとすぐに判ると笑った。
 案内されたのは庭を挟んだ先にある茶室ではなく、庭の見渡せる小さな部屋であった。陽も昇りきったころで、庭木はこぞって葉を茂らせている。その葉影が部屋の中にも入り込んで、この暑さでも幾分か心地よく感じられた。……気づくと、あの侍女はもういなくなっている。そういえば真田が部屋をきょろきょろと見渡している間に、ここでお待ちくださいとのことですと言っていた気がする。首筋に浮かんだ汗をてのひらで拭い、葉影に隠れるようにして板間に腰を下ろした。庭木に蝉が何匹か集まっているらしい。もうそのなきごえはからだに馴染んでしまって、耳鳴りのように頭の奥底でうなるのみだ。
 ……背中を蹴りつけられた。ゆっくりと首を巡らせると、顔をしかめた伊達が真田を見下ろしている。……俺の屋敷で寝こけるとはいい度胸だな。おお陸奥守殿、待ちくたびれて寝てしまい申した。待ちくたびれたどころかすぐ寝ただろお前、白湯を出しに行ったときにはもう転がってたって言ってたぞ。おきつね殿もひとが悪うございますなあ。おきつね殿?と伊達は口の中でもごもごとやって、真田のかたわらに腰を下ろした。盆を持っている。寝転びながら覗きこむと、頭をはたかれた。
 すっかり居住まいを正す。涼やかな玻璃のうつわに、削り氷がいっぱいになっている。冷抹茶にも氷がひと欠片浮かべられた。器から黒蜜をすくいながら、かけるだろ?と伊達が訊いてくる。無言で首を縦に振りながら、膝を進めた。しゃくしゃくと匙で氷を崩しながら山盛りのそれを口の中に運ぶ。おお、生き返りますなあと思わずこぼすと、伊達は思わずと言った様子で肩を揺らせた。氷と、あと小豆がたくさん手に入ったんでな。小豆? 昨日炊きあがったから、今朝から葛まんじゅうと羊羹を仕込んでた、……それが食い終わったら持ってきてやるよ、今冷やしてある。そうして抹茶をぐっと飲み干す。
 よもやと思って問いかけると、さも当然のように伊達は頷いた。目を丸くさせて真田を覗き込んでくる。言ってなかったか。……知りませぬ。今までの茶菓子だって、そうだぜ。伊達はそうなんでもないことのように言って寄越し、真田の手元に目を落とした。そのくちびるが弧を描く。あんた、体温高いからもうあらかた融けちまったな。そうしておもむろに口を開く。一口くれよ、蜜のかかってないところでいい。
 そういえば、冷抹茶こそ二人分あるものの削り氷の器は一つきりだ。考えてみれば、かしこまった席ではなくこういう気安い場所で茶を飲むときも出される茶菓子は真田一人分のみだった。これから出される葛まんじゅうに羊羹にしたってそうなのだろう。真田は玻璃の器から一匙氷をすくい取って伊達の口元に持っていった。薄いくちびるがすばやく動いてその上の綺羅やかな氷を舐め取ってゆく。伊達が身動きしたせいで空気が動いた。砂糖の甘いにおいがする。ふとその前髪に鼻先を埋めたいようなこころもちになり、真田は胡坐をかいていた腰をもぞりと動かした。
 すっかり融けてしまった器の中身を飲み干すと、甘い蜜が喉を焼いた。いくらかも待たず障子の向こうから伊達を呼ばわる声がする。すっと衣擦れの音をたてて伊達は腰を上げた。伊達の言う通り、葛まんじゅうと羊羹ののった皿である。侍女が伏せ目で部屋に入り、玻璃の器を下げていった。
 やはり、一人分だ。おおぶりの葛まんじゅうが一つ、羊羹は二切れ。添えられた大葉の青が眩しい。……伊達殿はもうよろしいので? 昨日から餡を炊いてる鍋の前に立ってたせいでもう腹いっぱいだ。しかし勿体のうございまする。なにが。半分だけでもどうでござろう。だから要らねえって。
 からだを寄せるとすばやく顎を突っ張られた。にわかに舌を噛んでしまう。思わず口元を押さえてうずくまると、視界の隅で伊達はくちびるをへの字に曲げて居住まいを正している。葉影が薄い色の着物に、かの人の切りたった稜線の横顔に落ちてさわさわと揺れた。空気はゆっくりと黄色みを帯びてゆく。早く食わないと、折角冷やしてたのがぬるくなっちまう。伊達はやはり仏頂面でそう寄越してくるので、真田は慌てて竹串を葛まんじゅうに刺した。一気に口の中に納めてしまうと、その様子を見た伊達はようやく相好を崩して真田の口元に手を伸ばしてくる。……ついてるぞ。
 口の端をなぞっていった伊達の親指をそっと食む。すると、みるみるうちに伊達の眉毛が険しくなってゆくので慌てて真田は残った羊羹を口の中に押し込んだ。
作品名:白昼堂々 作家名:いしかわ